バイリンガルで聴覚障害と発達障害

5歳で感音性難聴が分かったバイリンガルハーフの息子、難聴学校に入学。 その後、発達障害(自閉症)の診断も出ました。 親としての備忘録、息子の成長の記録、欧州で暮らしているので日本とは言語も環境も異なりますが情報共有としてブログを始めました。

タグ:福祉国家

「一生補聴器が必要」との診断が下され、数日後、2回目の検査をしてくださった聴覚測定専門のL先生から、4月8日の患者からキャンセルがあったので代わりに診ますよ?と電話。

機転を利かせてくれたL先生は、若く落ち着いた女性で、子供に対する扱いも上手い。 今後は、このL先生が息子の補聴器の管理及び聴覚検査を担当してくださるらしい。

補聴器は、個人の耳に合う「イヤモールド」 という耳栓の部分が必要ですが、子供の場合チューブ型ではなくて、耳の中を覆う形のものを作らなくてはいけないんですね。 そのため、この日は息子の耳の型を取りました。

まず、糸がついた小さなスポンジを、息子の耳の穴に合わせ切り、耳の中に入れます。 それから、白とピンクを混ぜた粘度のようなものを耳の中に注入します。 固まったら取り出して、終わり。 両耳とも、息子は大人しくしていました。 嫌がって抵抗するかと思ったので、ほっ。

子供は成長するので、今後8ヶ月ごとにイヤモールドは作り替えないといけません。

出来上がるのは2週間後とのことで、23日に受け取りに行きました。
 
hearingaid

補聴器は PHONAK Sky Q  という耳掛けタイプ。 水やホコリなど天候にも強い機種。 片耳、日本円にして4〜5万円位。 しかし、ありがたいことに、無料で支給していただけます。 補聴器の電池は9日に1回の割合で交換しなくていけないのですが、これも無料で支給してくれます。 もちろんイヤーモルドも。 そして検査や診察も、全て18歳までは無料で面倒みていただけるそう。 患者に選択の余地はありませんけどね。

病院での長い順番待ち、そのため発見の遅れ、この元福祉国家の医療機関には絶望的になりますが、機能するときは必要なものは全て提供してもらえるので、その点ではありがたいと言えます。
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最初に本格的な、測定器を使った聴力検査をしたのは、2014年2月5日。 保健所的なところで子供が生まれたときからの担当者(かかりつけ保健師)によって行われる4歳児検診にて。 ヘッドフォンをし、音が聴こえたら、手元にあるカゴの中のボールをもう一つのカゴに移すという内容。 他の検査を先にし、聴力は最後にしたから、子供が疲れて集中できないようなのでと、次回に持ち越し。 (この日は夫が連れて行ったので私は不在だったのだが、この時点で、疲れて集中できなかったわけではなく、聴こえてなかったのでは?)

持ち越された聴力検査は、5月9日に行われることに。 この日は聴力検査だけで、私が連れて行った。 前回と同じようにヘッドフォンをつけ、かかりつけ保健師が「ピープと音がしたら、ボールをこっちのカゴに移して」と息子に説明。 息子は相手の目を見て、分かったとうなずく。 しかし、最初のうちはボールをカゴに移していたが、そのうちキョロキョロするだけで音が鳴っても何もしない。 担当者は、息子に集中力がないか説明が分かっていないようだと思っているようで首をかしげている。 音が聞こえてないとは思っていないようだった。 ここじゃ無理なようだから病院で検査してもらった方がいいかも。 一応紹介状を送っておくわ、とのことだった。

その後、病院から連絡が来たが日にちが合わず、私たち両親とも聴覚に異常があるとはつゆとも疑わず、いつでもいいですよー夏休みが終わってからで、と答えたため病院での検査は9月の終わりにすることに。

9月29日、夫が連れて行く。 病院での検査では、高音が聴こえてないとのこと。 高い音がピーと鳴っても反応していない。 確かに発音にも問題がある。 しかし今回検査をした人は医者ではなかったので、再検査で専門医に見てもらうが、次回は多分12月か1月に、、、

そう、ここ福祉国家と言われていた国では、医療への待ち時間がものすごく長い。 財政難が医療現場を圧迫し、人手不足のため命に関わることでなければ、検査や治療は先延ばしになってしまうのです。

そして、12月になり、年が変わって2015年の1月になっても、病院からは一向に連絡なし。 耳のことがはっきりせず心配になっていたし、2月にはいってから病院に電話してみた。 すると、対応してくれた人は親切で「確かにお宅の息子さんの名前は、リストにあります。 でも、今は医師が3人しかいず、リスト待ちの人数も多く、いつ検査の順番が回ってくるか分かりません。 今、私ができることは、息子さんの名前の横に”緊急”マークを付けておくくらいです。 それでも、いつ診てもらえる保証はありませんよ」と言ってくださった。

本当に、このとき電話してよかった、電話で対応してくれた人が機転を利かせてくれてありがたかった感謝することに、なんと1週間も経たずに病院へ検査にくるようにとの通知が届いたのです。

 3月18日に病院での検査(聴覚測定専門の医師によるもの)。 夫が連れて行く。 やはり高音域が聴こえていない。 しかし、子供の聴覚検査は念のために3回はする必要があり、またの再検査へ。

3月31日再検査(医者によるもの)。 そして、ここで「この子は一生補聴器が必要です」と 決定。 このとき息子は検査を嫌がり暴れまくり、大変だったそう。 おまけに、今回診てくれた先生はとても厳しく真面目な物言いだったためか、夫は息子が一生「補聴器」着用ということに大ショック。 

この日は私も病院には一緒に行ったけれ、待合室で待っていて、その現場に居合わせていなかったので、まだよく状況が分かっていませんでした。 補聴器を着ければ聴こえるんだなぁと、難聴についてまったく無知な私は、楽観的に考えていたのです。

最初の検査から、1年以上たってからの発覚。 そして、言葉を取得するのに一番大切な最初の5年を失ってしまった息子。 

この日から、怒濤のごとく私たちの生活に変化が訪れます。 一転して、難聴と補聴器との共存 の生活。 でもそれは、楽観的ではないけれど、とてもポジティヴなものとなりました。
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