バイリンガルで聴覚障害と発達障害

5歳で感音性難聴が分かったバイリンガルハーフの息子、難聴学校に入学。 その後、発達障害(自閉症)の診断も出ました。 親としての備忘録、息子の成長の記録、欧州で暮らしているので日本とは言語も環境も異なりますが情報共有としてブログを始めました。

カテゴリ:バイリンガル > 日本の学校で体験入学

6月半ばから約1か月半、昨年に引き続き息子と二人で日本に帰省しました。(もう遠い昔のことのよう。) 去年の感触から、また二人で行っても問題ないし今年はもっと長くいて大丈夫だろうもと昨年の1か月より半月長くしたのですが・・・ 実際はとても大変で長居することにしたのを後悔した日々。

実家の親が元気で何かと世話を焼いてくれる人ならいいでしょうが・・・ 母は認知症が進み施設に入っており、父は家にいますが何もしない人。 高齢もあるのですが、もともと二人とも子供の世話や孫の世話などしない人で、ハイパーな息子の相手などもちろん無理(というか無視)。 私の方は朝から洗濯、掃除、食事、そして1日中息子の世話というハードな生活! 母は何もしない人で(今思うとこの人も発達障害だったと確信する)、母が残しっぱなしにした大量の私物を私が毎日片づける(じゃないと私と息子の寝るスペースがない!)、そして母の銀行口座の件であちこちの銀行を走り回ったり1日を銀行で過ごしたり。 (そして、あの猛暑!)

息子は、今年は小学校の体験入学は無理かと思ったし、息子にもそう伝えておいたのです。 こっちの学校では荒れていたし、日本語の読み書きもまったくできないし。 7月上旬のある日、郵便局まで息子と歩いていたら河原で小学生たちが虫取りをしているようなので、ちょっと交流できないかと思い、近づいて先生に話しかけたのです。 すると偶然にも2年生、つまり1年のとき息子はこの学校に体験入学しているので、同じクラスにいた子など息子のことを知っている。 気が付いた子は息子に声をかけてきたし、息子はさっさと子供たちの輪の中に入っていきました。 その様子を見て、ほんの数日間だけでも学校に通わせたいなと思い、夏休み1週間前に校長先生に電話。 副校長先生(去年とは違う方)が出て、校長は今修学旅行中だけどお話伝えておきますと、次の日には校長から私の留守中に電話があり、「手続き済ませたから明日から来なさい。2年4組で担任は去年と同じ先生です」と。

迅速な対応に大変ありがたく、しかし息子は、勉強ができないという不安の方が大きく、あまり行きたくない。 私も上履きとか購入していなかったし、金曜日だったので、ちょっと挨拶だけしてこようと学校に出かけたら、「このまま学校にいなさい」と授業に参加すること。 私はやはり不安だったので、給食の前に迎えに来ることにしました。 迎えに行くと、息子はやはり不安そう。 でも、クラスのみんなはそんなこと気にせず、いろいろ親切に息子を助けてくれています。

結局その日は給食を食べずに帰り、「海の日」との三連休を挟んで翌週の4日間(最後の日は給食なし)学校に行くことになりました。 読み書きできないので授業には参加せず、交流を目的としたもので、とお願いし。 息子の方もだんだんと慣れてきたようで、最後の給食の日は好きなものだったらしく、完食したそう。

感動したのは、生徒たちが2年生になっても1年生時のように純粋で、息子のことを受け入れ助けてくれたこと。 そして、去年から息子を知っている子たちは私に対しても「こんにちは」「僕のこと覚えている?」「今年も来たんだね!」と声をかけてくれたこと。 素直なままだけど、その態度や会話など、1年の時より確実に成長、しっかりしているので、これまた感心。 「今年は違うクラスなんだけど、また来年も来る?」と廊下で私に話かけてくれた子もいて。 本当にいい子たち。 私の母校でもあるので、尚更嬉しいです。 校長、副校長、担任とも「来年も来てください!」とおっしゃってくださり、日本にも息子の学校があるようで感激。

今年は学校以外でも交流があり、友達ができました。 近所にある区役所に行ったら、そこに「多言語交流」のグループのチラシがあり、週一で行っている活動に参加させていただくことに。 参加者は全員日本人ですが、いろいろな国の言葉を自然に喋って覚えていこうという趣旨で、子供から年配者まで和気あいあいとしたものでした。 そこにいた子供たちと息子は意気投合、というか多言語など無視して走り回って遊んでいるだけなのですが…羽目を外しまくって私はキレましたが。 そこに3回ほどお邪魔し、今後の帰省時の新たな居場所ができ、これまた嬉しい。

そして去年初めて会った県外に住む私の友達の子供たち、ちょうど息子の1歳上と1歳下の兄妹と再会。 友達の息子君とうちの息子は、会ったとたんに近所の友達のように遊び始める。 去年初めて1回(正確には1泊2日)会っただけで、その後1年間会うこともなかったのに、二人ともブランクを感じない自然体で遊んでいるのです。 気が合うのか、不思議。 家族ぐるみで交流できるし、こんな友達がいて本当に嬉しい。

と、大変だったけれど、嬉しいことも多い滞在で、感謝することしきりです。 やっぱり日本はいいなぁと、つくづく思うのでした。
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7月10日(月)晴。 息子、日本の学校に初登校。 ランドセルの代わりにバックパック、指定の黄色い帽子の代わりに(某J2リーグの)野球帽。 今日は水泳の授業があるけど見学にさせてもらったため、体操服(紺の短パンに白いシャツ)を購入。 白の上履きも同時に購入。 (これらは現地の学校でも使うつもり。) 筆箱のセットも購入。 ノートを2種100均で購入。 教科書は先生のを借用というかたちでした。

月曜なので朝礼があったけれど、息子と私は木影で待機。 7月は連日30度を超す暑さで、しかも私は息子の送り迎えをしますが、歩いていて気づいたのですが、全てコンクリートで覆われているんですよね。 それで照り返しがものすごく熱い。 でもコンクリートで覆われていない校庭や木影は涼しく気持ちいいのです。 一歩コンクリートの上に出ると、灼熱地獄。 つくづく自然の偉大さと人間が温暖化をつくりだした事実を実感しました。 この暑さが心配だったけれど、息子は元気でコンクリートの上も走り回っていました。 流れる汗には「これなんだろう?」とビックリしていたけど。 乾燥している欧州では、今までこんな大量の汗をかいたことなかった(笑)。

朝礼が終わり1年1組に合流。 (日本の小学生は小柄で、息子は本来なら2年生ということもあり、みんなより頭一つ出ていた。) ぼっーとして、人の話を聞いているのか聞いていないのか分からない息子。 ものすごく心配な私。 S校の授業は8時半から12時までだけど、ここでは8時15分から14時20分まで学校で過ごす。 S校では9時半頃に持っていった果物やサンドイッチなどを食べ、11時前には給食なのですが、ここの給食は12時20分。 お腹空かないかな~、大丈夫かな~と、不安な私。 何も感じていないような息子。

先生に「集中力がないので」と話すと、そのようですね~、と既に見て取れた様子。

昇降口まで一緒に行って、1年1組の元気で好奇心いっぱいな子供たちに囲まれます。 この子たちが、本当に良い子たちで、すぐに息子のことを受け入れると、何かと息子のことを手伝ったり世話を焼いたりしてくれ、本当に助かりました。 母親の私に対しても気さくに話しかけ、帰りには「今日は○○君、こんなだったよー」と報告してくれ。

息子は相変わらず、学校での様子は聞いても何も話してくれないので、ありがたかったのですが、その報告内容は、勝手にトイレに行ってしまっただの、トイレに何回も行ってただの、他の人が話しているのに喋っていただの、ケガをしたと訴えていただの、まぁ、ろくなことしていないのが分かりハラハラ。 しかし、担任の先生の方からは特に問題だと言われることなく、特に報告もなく、大丈夫ですよ、安全に過ごせていますよ、とのこと。

ただ初日に、息子さんは日本語分かっていますか?と先生から聞かれ、「私との会話は全て日本語ですと答えたのですが、先生もクラスメートも、息子は日本語が喋れない、分からないと思われていました。 クラスの子たちから息子は「外国語話している」と言われたんだけど、いやー、日本語話しているんですよ。 でも、子供たちには息子の日本語は日本語として認識されていなかったんですね。

息子は日本語を(現地語もなのですが)、ゆっくりのテンポで話します。 それでイントネーションもおかしくなる。 日本の子たちって、私も驚いたのですが、とても早口で話すんですね。 (子供が早口の高音で話すのは、在住国でも同じなのですが。) 話し方が息子とは全然違う。

叔母たちや妹に息子の日本語について聞いたら、きちんと分かるよ、きちんと話せているよ、どこも問題ないと言われたけれど。 妹は、息子がゆっくり話すのは母親である私がゆっくり話すようにしているから、その影響ではないか、と。

それでも息子は、学校は楽しい、おもしろいと、毎日元気に7日間登校しました。

授業内容は、国語と算数の他に、水泳の授業も1回受けることができ、「せいかつ」で近所の公園や河原に行く校外学習も2回体験。 虫のスケッチをし、先生から「絵が上手ですね」と褒められ、図工の時間も「粘土で新幹線つくってましたよ」と感心され、やはり芸術面では評価される模様。

給食は、最初のうち食べ慣れないのでおかずは残し、ご飯と牛乳しか口にしなかったようだけど、そのうちおいしいと、いろいろ食べるようになったみたい。 自分たちで教室に運んできて給仕するというスタイルは日本独特だと思うので、それも楽しかったようです。 午前中何も食べなくても、問題なかったようだし。

最後の日に、クラスメートが一人一人メッセージを書いてくれた文集をいただきました。 「ありがとう。 たのしかったね。 げんきでね。」といった内容が多い中、ひとり「おもしろいけど すこしふざけすぎだから なおしたほうがいいよ」と辛辣だが的確なコメントが! この子(もちろん女の子)すごい観察力。 自分の意見をしっかり言えるなんて、えらい。 息子の学校で実態が集約されていて、私にとっては何より嬉しいお言葉でした。 彼女、将来大物になると思う。
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海外に住んでいるが、親が日本人で日本語ができる学齢期の子供は、夏休み等長期休暇で日本に一時帰国の際、日本の学校に体験入学できるという情報を目にし、息子にもぜひ、と願っていました。

そして最初に思ったのは、ろう学校での体験入学。 こっち(在住国)では特別支援学校に入れたので、普通の学校は難しいのでは、という懸念から。 また息子が通うS校は少人数制で、体験入学や学校見学を積極的に受けれいているし、生徒たちにもいろいろな経験をさせ、教師陣も難聴児教育のエクスパートなので、日本のろう学校もそうであろうな、と思ったのです。 聴覚障害の立場に合った日本語での教育を息子は受けられるし、私もぜひ知りたいと。

調べてみると、実家がある市の公立ろう特別支援学校のホームページがあり、メールで問い合わせてみたところ、副校長先生から体験入学は可能ですという丁寧なご返事が翌日にはありました。 しかし善は急げと私がメールを出したのは、学年末である3月だったので、詳細は改めてということになりました。

その後何も連絡がなく、6月に再びメールを出すと、やはり翌日にはご返事をいただきましたが、前回ご返事をくださった副校長先生は移動になっており、新しい副校長先生からで、日本へ帰国してから連絡をいただき、校長と会ってから決めさせていただくとの、ちょっと素っ気ないご返事でした。

日本への帰省は7月に入ってからで、すぐに日本の学校の夏休みも始まるだろうから、通える日数は少ない・・・と危惧。 迷ったけれど、普通の小学校でも受け入れてもらえるか、日本の家族に問い合わせを頼むと早速、実家の通学用内の学校、つまり私が通って卒業した市立の小学校に電話をしてくれました。

最初「今わかる人がいない」と言われ、時間をおいてかけなおしたら「そういうの今まで問い合わせがなかったが他校ではやっていると聞いたことがある。校長、副校長は会議中なので折り返し電話する」と言われ、後日こちらからまた電話をしたところ、校長先生が応対してくださり「いいですよ」と。 日本に着いたら直接私から電話を欲しいとのことでした。 そのとき聞いた話では、1年生に補聴器をつけている生徒がいるとのこと。 学校側は夏休みが始まる20日まで受け入れるつもりのようで、プールや給食大丈夫?と聞かれたそう。

日本に着いた当日に小学校に電話し、校長先生と翌日金曜日の午後に面会(親の私だけで息子抜き)の約束をし、私はン十年ぶりに母校の小学校の門をくぐったのでした。 既に創立100年を超えており、メインの校舎は私が使っていたときのまま(もちろん修繕やらリフォームはしているし、今は全教室エアコン!が付いていますが)、水飲み場とか、職員室とか、変わっていない!!

校長先生は、威圧的なところがまったくない、穏やかな方でした。 (でも、ちょっと抜けたとこがあり、契約書に受入日を7月19日って書いてしまったのよ、終業日は20日なのに。)

いろいろ書類とか説明とか必要なのかと思ったら、何も必要ではなく、特に説明もなく、息子の難聴とか、日本語とか、まったく気にせず、「一時受け入れに関する契約」(という用紙がきちんとありました)にサインして、来週から登校することに。

息子は本来なら2年生だけど、現地校では0年生で頭の中も1年生だから、と1年1組に入れてもらうことになりました。 そのクラスは一人補聴器をつけている生徒がいるので、教室のすべての机と椅子の脚にテニスボールがつけてあります。 担任の先生と顔合わせし、教室も案内してもらいました。

ろう学校の方にも電話で連絡し、副校長先生が丁寧に対応してくださいましたが、初等科の方は手一杯で受け入れは不可能とのこと、見学と言うことでしたら私が校内を案内いたしますとおっしゃてくださったのですが、実家の公立学校で受け入れてもらえる旨を話すと、それならその方がよいとのことでした。

こっち(在住国)では、公立の普通学校の方が、このような受け入れは面倒がってやりたがらない傾向があり、S校のような特別支援学校の方が、少人数で余裕があるから積極的なので、日本もそうだと思ったら、その反対だったので、私はびっくり。

思い描いていたのとは違う結果になったけれど、ろう学校はちょっと辺鄙なところにあり、電車とバスを乗り継いて行くのは、送り迎えに付き添う私には無理だったし、現実の結果としては本当に良かったのですが。

そして息子は1週間ちょっと(正確には7日間)、日本の学校に通うことになったのでした。 
(その内容は、続く

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