バイリンガルで聴覚障害と発達障害

5歳で感音性難聴が分かったバイリンガルハーフの息子、難聴学校に入学。 その後、発達障害(自閉症)の診断も出ました。 親としての備忘録、息子の成長の記録、欧州で暮らしているので日本とは言語も環境も異なりますが情報共有としてブログを始めました。

カテゴリ:難聴児特別支援学校入学 > 0学年

6月16日は終業式でした。
が、朝7時で土砂降りの雨。 これから学校に送りに行き、その後生徒と先生方は歩いて町にある公会堂みたいなところで終業式、9年生にとっては卒業式。(親や親族も参加可能。)11時半には終了し帰宅、夏休み。

しかし、この雨・・・ 息子はベッドで行きたくなーいとほざき、既に夏休みモード。 式だけだし、土砂降りの中あちこち歩かせるのは・・・第一私も外に出たくなーいと、学校に欠席届を送ってしまいました。

これで小学校の初年度、0年生終了。

2か月物夏休みの始まり。 最初の一週間は私と息子二人で、以前住んでいた町の友人たちを訪ねたり、夫の実家に行ったり、今週は夫の夏休みが始まったので、少し私の時間ができそうです。

そして、1週間後には私と息子と二人で日本へ帰省。 約1か月の滞在で、どうなることやら。 何せ3年ぶり、息子と二人では初めての日本。 今回、息子は地元の小学校(私の母校)、そして特別支援学校であるろう学校に体験入学できそうです。 海外からの体験入学がどんなものなのか、これも初めてのことなのでまったく分からず。 

そんなこんなで、バタバタしています。
にほんブログ村 病気ブログ 難聴・聴覚障害へにほんブログ村 子育てブログ 海外育児へ

4月のことですが、保護者会がありました。(私は留守番で夫が出席。) 18:50 -- 20:00 のクラス別の懇談会の前に、18時から講演会が催されました。 話をするのは、教育者であり作家である生まれつき聴覚障がいの女性。

この方は、前学期にも学校を訪れ息子のクラスにも来ていたので、そのときネットでどんな方なのか調べてみたのです。 教員免許を取り、S校及び県内にあるろう学校(ここはS校と違い手話が第一言語)に勤務し、今は作家として聴覚障害者を主人公にした子供向けの本を数冊出版し、写真、芸術、語学、人々などいろいろなことに興味があり、夫と二人の息子と暮らしている、とプロフィールにありました。 それを読み、多才な方なんだな、子供の頃から良い家族や学校に恵まれ、聴覚障害をものともせず、のびのびと成長したから、いろいろなことに挑戦できるんだろうな、と勝手に思い込んでいました。

なので夫から聞いた、講演内容や実際の彼女の生い立ちにショックを受け、上記のように思ってしまった自分が、本当に何も分かっていないと自己嫌悪。

1970年生まれで、重度の聴覚障害。 ほとんど聞こえない状態にもかかわらず、普通の学校に行き、その学校では彼女に何の対処もしなかったようです。 そのため授業も分からず成績はいつも最低ライン。 補聴器をするのも嫌で、こんなもの要らないと棄ててしまったこともあるそう。 手話を初めて習ったのは20歳になってから。 (彼女は著書の中でも、聴覚障害者の言語として手話の重要性を訴えています。)

そんな風に過ごした子供時代ですが、あるとき、自分は教師になりたいと思い猛勉強をし大学に入り、教育実習として訪れたのがS校。(なのでS校の校長とももちろん顔見知りで、今回講演してくれないかと声がかかったそう。) S校に初めて一歩踏み入れ目にしたのは、机がUの字に丸く並べられお互いの顔が見えるように座った生徒たち。

その光景を見て「ああ、この学校は本当に(聞こえにくい)子供たちのことを考えているんだ」とものすごいショック(感動)を受け、その場に泣き崩れてしまったそうです。 (講演中も、そのことを話したとき当時のその情景を思いだし、感情が溢れて泣いてしまったそう。)

聴こえない(聴こえにくい)ためコミュニケーションが上手く取れず、疎外を感じ、自己否定に陥りやすい聴覚障がい者たち。 でも、ちょっと考え方や見方(perspective)を替えて、自分たちが持つ能力や適性を強化し、夢を追いかけていこうと語る彼女。

こう書くと、とても強い女性のようですが、校長から講演の打診があったとき「私なんかが喋っても・・・何を話せば・・・」と躊躇したそうです。 「ただ単に君のこと、今までの君の道」と校長から諭され、決心したそう。

今彼女の言葉を書いていて思うのは、現地語が不自由なため、この国の社会で疎外感を感じている自分と聴覚障がい者の立場は当てはまるということ。 私もそのような自己否定ばかりしているのではなく、考え方や見方(perspective)を替えていくべきかもしれません。

彼女が本を書こうと思ったのは、聴覚障がいの子供が主人公の本がなかったこと。 彼女の本は小さな個人出版社から出ており、一般に目にすることはあまりないようですが(私自身読んだことありません)、聴覚障がい者による聴こえない子供たちにのための本は本当に必要な物語だと思います。 (7歳の息子は、まだ本の内容はよく理解していなかったようだし、自分の聴覚についても客観的な自覚はないのですが、親として今後どれだけサポートしていけるか。 聴こえる親にとっては、聴こえなかった子供であった方々の体験談は貴重です。)
にほんブログ村 病気ブログ 難聴・聴覚障害へにほんブログ村 子育てブログ 海外育児へ

今日、息子は遠足でバスに乗って動物園へ(8時半から15時半と通常の学校より長いです)。 お弁当持参なので、昨日はバンズを焼き、ハンバーガーとメロンパンにしました。 (日本では普通にパン屋で買えるメロンパン、海外生活では自分で作らにゃ。)

まだ本格的に授業が始まる前の0年生ということで、もともと外で遊んだり出掛けたりということが多いのですが、S校は課外活動に力を入れており、また1~3年生と合同で行うことも多いです。

例えば、近隣にある「森の美術館(森の中にある古城が美術館となっており、高級ホテルやレストランが隣接)」との課外授業で、計5回のうち最初と最後にお城に行き、真ん中の3回は美術館から学芸員が学校に出向いてアート指導をしてくれるというのが4月から始まりました。

0~3年生は一緒に遊ぶことが多く、またイジメや友達関係を考える話し合いの授業なども合同で行っています。

また来週は、今度S校に入学する子供たちが2日間の体験入学に来るのですが、そのとき息子たちのクラスとも交流し、お互い知り合う機会を持つそうです。

小さな、特別な学校なので、生徒同士が良い友人関係を保てるよう学校側がものすごく配慮しています。

全校生徒合同の催しもあり、よくしているのは学校周辺のゴミ拾いかな。

バレンタインデーの日には、4,5年と一緒にバレンタインデーの工作(紙粘土でハートのペンダントを作ったり、ケーキを焼いて食べたり)という交流の場もありました。 4,5年生と一緒だと、ずいぶん落ち着いていたそうです(笑)。

最上級生の二人がS校から派遣されインドでボランティア活動等をしたのですが、その二人が0年生のクラスにやってきて、インドの話をしたりお土産をくれたりインドの食べ物を試食したりといった「インドの日」もありました。

特別支援学校ということで、いろいろな団体や人たちが見学やリサーチにも来ます。 とある大学の言語発達に関する研究のためのテスト(特別なゲームを使って言語に影響があるかを見る)に参加したり、聴覚障害児に関するショート・フィルムを作成するという会社から撮影隊が来たり。

昨年夏にS校に入学し、気がつけばあと3週間で0年生が終了します。 早いですね~! 息子にとっては、とても楽しく充実した学校生活のスタートでした。 学業に関する基礎的なこと(ABCや123や図画工作、音楽、体育、自然科学や文化に関するテーマ学習)など、多くのことを学んで成長したと、親としても手応えを感じていますし、良い先生や友達に恵まれた安心感もあります。

さて、残りの学校生活ですが、来週は陶芸工房に行き、陶芸体験。その次の週は、森の美術館に行き、6月16日の終業式の前日は水遊びに行くようです。

楽しいことばかりですね! 7歳の息子は日本にいたら小学2年生。 こんなに勉強しなくていいのか!?と最初のうち私は思っていたのですが(S校だけが特別なのではなく、在住国の教育方針としても学校はこんな感じです)、子供にとって必要なことは、机の上でガリガリ勉強することではなく、こうしていろいろな体験をし交流をし成長することなんだ、と感じるのでした。
にほんブログ村 病気ブログ 難聴・聴覚障害へにほんブログ村 子育てブログ 海外育児へ

息子のクラスで演劇鑑賞がありました。 演劇といっても、子供向けの着ぐるみミュージカル。 市の劇場で、市内の複数の小学校0年生クラスが招待されたようです。

このような演劇鑑賞は前学期にもあったのですが、そのとき、息子は劇場が暗くなり「うわぁーモンスターが来る~!」とか言って、ちょっとパニックになったそう。 普段から息子も「ボクは暗闇恐怖症。 暗いのは怖いの。」と言っており、夜寝るときも寝室に小さな明りをつけます。 暗闇が怖いと言いだしたのは5歳くらいのときでしょうか。 それ以前は、暗いのなんてへっちゃら、というか気にもしてなかったのですが。

暗闇を怖がりだしてから、博物館やレジャー施設にも怖がって入ろうとしません。 証明を落とし展示室が暗くなっている場合が多いから。 (入場料払ってから気づき嫌がる場合もあるので、無料の施設にしか行かないようになった・・・) あと、音響効果も苦手。 突然音がしたり、喋りだしたりする展示があると、異常に怖がりパニックになります。 (これも暗闇恐怖症と同じくらいに始まりました。)

また演劇鑑賞があると息子に話したところ、「演劇は嫌い。暗くなるの怖いから僕はお家にいる」と言い張る。 担任の先生にも「前回の件もあるし、息子は休ませた方がよいでしょうか?」と伺ってみると、「こちらで対処しますので、ぜひ参加させてあげてください」とのことで、普段通りに行かせました。 (劇場は学校から徒歩15分のとこにあるので、生徒は歩いて行った。)

担任の先生は息子の隣に座り、劇場が暗くなったり、雷などの音響効果がある場面などで息子に話しかけ気をそらせてくれたそうです。 おかげで息子は暗闇の恐怖を克服し、笑ったり歌ったり演劇を楽しんだ、と後にメールで教えてくださりました。 息子も、「怖くなかったよ! 面白かった!」と言っており、本当に感謝です。

しかし・・・(演劇鑑賞とも暗闇恐怖症とも関係ないのですが)・・・その日の午後、学童の時間に別の先生から電話があり「息子さんは今日とっても良い子でした。とっても頑張っていました。それでなのか、さっきから疲れたー疲れたーと言って何もできない状態ので、早めにお家に帰りたいようです。迎えに来てもらえますか?」と言われ、私がいつもより1時間ほど早く迎えに行くと・・・

私の姿を見るなり、息子は胸に両手をあてて「ボクのハートがとっても疲れている~」と言ってこっちに来た。 先生も心配そうに首をかしげつつ「こうなんですよ。」

でも、一目見るなり私には、息子が演技していることが分かりました。(だいたい本当に疲れていればグッタリしているはず。) その次に息子が私に言った言葉は「パパお家にいる?」 (これで全てが分かります。 息子は、夫と何かを約束していて、それが楽しみだから早く家に帰りたい。 そのために疲れたーとウソをついて大袈裟な態度を取り、心配した先生が家に連絡を取り、早く帰ることができるという計画。)

先生の手前「どうしたんでしょうね」と連れて帰りましたが、校門を出たとたん走り出す息子。 どこが疲れているんだー! 問い詰めると、やはり、パパが新しいレゴ(おもちゃ)を買ったので明日家に持って帰ると言っていて、息子はパパが早く家に帰って来ていると思い込んでいました。(実際は、夫はまだ家にいない。)

夫が帰宅してから事情を説明し、レゴは翌日に持ち越されました。 で、翌日は夫が息子を迎えに行ったのですが、学童の先生が「今日は息子さん、とっても良い子で、いろいろ手伝ってくれて助かりました!」 そんなこと言われたのは初めてのこと。

これも、息子、良い子を演技しているんですね、レゴのために・・・
(それならば、こっちは逆手にとって息子を良い子に操縦できるかな!?)
にほんブログ村 病気ブログ 難聴・聴覚障害へにほんブログ村 子育てブログ 海外育児へ

また学校は1週間の休暇でした。 イースター休暇で先週から今週の月曜(昨日)まで。 先週の月・火は学童に。 水・木は私と家にいたのですが、雹や霰が降る悪天候で、文字どおり私と息子は家の中にいただけ・・・ 金曜から夫は休みで、土・日は夫の実家へ。 土曜がまた集中豪雨という悪天候で、家の中にだけいると、息子はエネルギーを持て余し気味なので困ります。 日曜は打って変わって快晴になったけど、庭は濡れていたので、恒例のエッグハントは室内で。 昨日も天気が悪く、私は洗濯をしなくてはいけなかったので、外出できず、息子はご飯のおかずが気に入らず食べないので喧嘩になり、夜はなかなか寝付かないので、添い寝していた私の方が先に寝てしまった。

学校が始まって、ほっ。 まだこれから休暇等あるかなとカレンダーを見ると、 5・6月にちょこちょこ祝日があって、6月半ばから夏休み。 あと2か月で、もう夏休み!(しかも夏休みは丸2か月!)

また明日は、朝早くに息子を遠くの病院に連れて行くので、また学校休み。 息子の発達障害の問題で、心理療法士さんの予約を取りました。 

3月に学校の担任の先生方と話し合い、心理療法士に会う必要があると分かり、最初は地元の病院に問い合わせるよう勧められました。 帰宅してからすぐに夫が電話をしたのですが、この国の病院システムの常、たらい回し。 ここの電話番号じゃないとか、初診には紹介状や診断書が必要だとか、以前住んでいた市で心理士の診察を受けていたので最初にその医師と連絡を取らなくてはいけないとか・・・

埒が明かないので、聴覚障害サポートセンターの担当カウンセラー(特殊教育専門家)Mさん(ご本人も聴覚障害)に連絡を取ることに。 聴覚障害児童用の心理療法士がいるので、必要があればそっちにかかることができると、最初にお会いしたとき言われていたので。

時を同じくして学校の担任からも、ここで診てもらうこともできると、そこの診察所のパンフレットをいただきました。 

Mさんは後日電話をくれ、すぐに連絡できなかったことを詫びると話を聞き、それならすぐに私が紹介状(診断書)を書いて聴覚障害専門の心理士に送るわ、と言ってくださりました。

学校のH先生にそのことを告げると、長年S校に勤めるH先生はMさんのことをよくご存じで、彼女は本当に仕事ができると太鼓判。

それは私たちもよく分かっていて、だからMさんに絶大な信頼を寄せ、心理士の件が困難だと思うとすぐに彼女に連絡を取ったんですよね。 本当に頼りになる。

で、心理療法士からはすぐに連絡がなかったのでヤキモキしていましたが、先週の月曜に予約日が送られてきました。 それが翌週の水曜(明日)。 病院の聴覚科からは、約1か月前に予約日等が送られてくるので、今回なかなか連絡が来ないなとヤキモキしていたのすが、早っ。

 ということで、明日は病院です。

にほんブログ村 病気ブログ 難聴・聴覚障害へにほんブログ村 子育てブログ 海外育児へ

金曜日に息子のログブック(その1週間に学校でしたことが書いてある)を見ると、「N君がミュージックCDを持ってきました。 ”時計の音がボーンボーンボーン”という歌が一番面白く、みんなで踊りました。 その翌日、今度は○○(息子の名前)がロックミュージックのCDを持ってきました。」と書いてありました。
 
そのロックミュージックのCDって・・・ これです。
Edward the Great
Iron Maiden
Sony
2002-11-26

月曜に息子が、N君がCDを持ってきて皆で聴いたと言っていました。 どんなCD?なんの歌?と聞くと、「赤ちゃんの歌だった」。 そして翌朝、ボクもCD持っていこう~と選んだのは、いつも聴いていてお気に入りの、アイアン・メイデン(イギリスのヘヴィーメタル・バンド)。
 
私も夫も、ハードロックやヘヴィーメタルは好きで、CDもいろいろ持っています。 でも今までは、息子には子供向けの歌やクラッシックを聴かせていました。 そろそろ、こーゆーのも聴くかなぁと、1,2か月前から一緒に聴くようになったんですね。 そしたら、息子も気に入ったようでガンガン聴いて踊ってる。
 
でも学校に持っていったら・・・みんな怖がるだろう! (このジャケットだし。)
偉大なるエディ~グレイテスト・ヒッツ
アイアン・メイデン
EMIミュージック・ジャパン
2006-09-06





先週末、自治体が運営する小中学生向けのカルチャースクール(いろいろな楽器、ダンス、イラスト等を格安で習うことができる)でオープンスクールがあり、息子は夫と参加しました。 その日は、それぞれのコースを無料体験することができたのです。
 
いろいろ楽器を試した息子。 (本当はダンスが本命だったけど、時間の都合がやっていなかった。) サクソフォンを吹いたら、けっこう上手く(といっても、音を出すことができたという状態)、講師から年齢を聞かれ、7歳だと答えると驚かれたよう。 7歳だと、まだ指が短いから楽器を持つこと自体できないのに、と。 そういえば、息子は赤ちゃんの頃から、この子は指が長いと驚かれていたなぁ。
 
次にギター。 クラッシックギターは軽いので子供でも扱えるし、ギターの基本となるので初めてのギターにはお勧めだそう。 いろいろな種類のギターを試すことができたのですが、息子が興味を持ったのは、もちろん、エレキギター。 「あれがいい!」と意気込んでいたものの、講師が「これは重いよ」と言う通り、肩にかけてもらったら、立っているのも困難な状態。

講師から、どんな曲が好きなの?聴かれ、「ロック!」と答えていた息子。 気分はアイアン・メイデン。
 
それからドラムスにも挑戦したかったけど、まだ足が届かず。 ベースを弾いて指を痛くしたものの、いろいろな楽器に触ることができたのは、とても面白かったよう。

夫が講師に、息子が難聴であること、発達障害の気があって注意力散漫なことを話すと、楽器を習うのに難聴であることは大した問題ではなく、楽器のコースの場合、教師と生徒は1対1か1対2なで、対応できるとのこと。 それより問題は、人の話を聞くことができない、コミュニケーションに支障がある点。 

息子は嬉しそうにギターを持っていても、あっち向いたり、そっぽ向いたり、講師の言っていることには上の空・・・ (その場にいなかったけれど、その場にいたかのように、息子の様子が目に浮かびます。)

最初に試してみて難しそうだったら、1年待って 、まだやる気があったら再挑戦というかたちにすると良いというアドバイスも貰ったそうです。

まだ息子に楽器は難しいかな。 見学に来ていた他の子たちも、息子より年上の子がほとんどだったみたいだし。 時が熟すのを待ちましょう。
 にほんブログ村 病気ブログ 難聴・聴覚障害へにほんブログ村 子育てブログ 海外育児へ

息子は学校で習ったことを、よく家で再現します。

まだ0年生なので、アルファベット、スペリング、文章作成、かず、 簡単な算数、図画工作、体育、音楽といった基礎と、テーマについて学んでいます。 テーマは、例えば過去にしたのは、秋、歯、クリスマス、といったもの。 先週からのテーマは「感覚」だそうで、息子はレゴを使って箱を作り、その中に物を入れ、私に箱の中に手を入れ、中の物を「感じ」それが何か当てるように言いました。 毛布の四つ角に物を入れる方法も。

毎週金曜日に、各々の「ログブック」 に、その週にしたことを書いて(写真もついて)持って帰ってくるので、親も学校で子供が何をしたか分かるし、子供にとっても復習になります。

確かにその週、息子が家でやっていたことと同じことを学校でしていました。

前学期ですが、こんなものも家で作っていました。
rhyme1
何かというと、「韻」を習う教材。 「猫 Cat 」の絵が描いてあり、紙が切ってある下から「車 Car」が見えます。 しかし、Cat とCar では韻を踏んでいません。
rhyme2
次に下の紙を回すと「帽子 Hat 」が出てきます。 Cat と Hat で韻を踏んでいます。 (こういう風に習うんですねー。)

学校で習ったことを家でもする。 自発的に復習しているので、親として喜ばしい限り。 それだけ先生の教え方が上手いのだろうし、学校で学ぶのは楽しいんだなーと嬉しくなります。 まぁ、いつまで自発的に復習してくれるか分かりませんが・・・

学校の先生も、「家には持って帰らないけれど、学校ではワークブック(教科書)を使っています。 子供たちにとって教科書は特別で、大切に扱い、開くのを楽しみにしています。 まぁ、3年生くらいになると、教科書なんて見るのもイヤって態度になりますが。」とおっしゃっていたとか。

それと息子の問題は、やはり興味があることに対しては、このように家でも親にさせたり、教えてくれるけど、興味がないことは、すっかり忘れているというか、頭の中に入っていないよう。

息子のクラスでは、毎週一人ずつ自分のお気に入りの本を持ってきて、みんなに紹介することを始めたので、息子に「今週は誰が何の本を持ってきたの?」と聞いています。 息子は教えてくれるし、金曜日のログブックにも、持ってきた人と本のタイトル及び著者名が書いてあります。

ところが、先週は聞いても答えてくれなかった。 誰も持って来なかったの?と聞くと、うん、そう、なんて言っている。 しかし金曜日のログブックを見ると・・・なぜ息子が答えなかったのかが判明。

とある女の子が持ってきた本は、ディズニーの『フロスト』。

まったく息子の興味範囲外なので記憶が欠落しているらしい。  息子に「Iちゃんがフロストの本持って来たんじゃない」と言うと、「うん、そう」。 「おもしろかった?」と聞くと、「おもしろかった。」 さらに「何がおもしろかった?」と聞くと、「分かんない。」

やっぱり、まったく頭の中に入っていなかったようです・・・
にほんブログ村 病気ブログ 難聴・聴覚障害へにほんブログ村 子育てブログ 海外育児へ

新学期が始まった早々インフルエンザにかかり1週間休み、その翌週は学校に行ったものの、その次の週は水曜に病院へ行ったため休み。 前学期は、風邪で1日休んだだけだったのになぁ、息子。

そして金曜日、私は朝から洗濯、それから今日は掃除に買い物、仕事1時間しなくちゃ。 私の方も体調がようやく戻ってきたけど、やることは溜まっている。 地下の洗濯室から戻ると、私の携帯が鳴っていて、出ると夫から。

「今、S校から電話があったんだよ。 そっちに2回電話したけれど出なかったからって。」
(あちゃ、ちょうど洗濯室に居るときかかってきちゃったんだ。)
「うん、そうだと思った。 それで、登校した息子が、朝から頭の髪を痒い痒いと搔きむしり、壁に頭打ち付けたり、何にも集中できない状態だから、今日は今から迎えに来てくれって。 学校でシラミが発生しているから、シラミがいるんじゃないかとチェックしてみたけれど息子の頭からは、その時点では見つからなかったらしい。 子供のことだから、今日はただ何をするにも気分が優れないだけなのかもとも言っていた。」

ええっー、何ですって! 朝は何事もなく、通常通り8時半に登校したのに。 学校からは、9時半前に既に電話があった。

とにかく、急いで迎えに(5分で)行くと、ちょうど10時の休み時間で校庭では生徒たちが遊んでいる。 顔見知りである息子の1学年上の友達が、「どーしたの?」なんて聞いてくる。 昇降口に入ると、息子はジャケットを着て靴を履いているとこ、もう家に帰る準備万端。

学校大好きで、特にみんなと遊ぶ休み時間が大好きな息子が、それをしり目にサッサと帰り支度しているなんて!

先生が出てきて、「シラミがいるのかも。 薬局でシラミ取り用のシャンプー買って。」などと会話を交わし、家に(5分で)戻りました。

シラミなんて、日本の戦時中や戦後の話みたいですよね。 でも、欧州の保育園や学校ってシラミが発生し、あっという間に子供たちの間に広まります。 夫曰く、自分が子供の頃はシラミなんていなかったそう。 しかし、移民や難民の流入に伴い、またシラミがいるような僻地海外旅行なんかで貰って帰国するケースもあり、欧州の学校でシラミが発生するのは現在珍しいことではありません。 裕福な家庭の子でもシラミがいます。 

息子の保育園時代でも一度シラミが発生しましたが、息子には被害が及ばず。 今回ついに来たか~と思ったのですが・・・

家に帰ると息子、痒いそぶりは見せない。 私が「頭痒い?」と聞くと、思いだしたように「ああ、かゆい~」と髪の毛をグシャグシャにするけど、次の瞬間には忘れたように他のことしている。

結局、その日は私がバタバタしている横で、大人しくテレビ見たり、ゲームしたり、おもちゃで遊んだり。 学校で何かあったのか、本当に痒かったのか聞いても、別にどうでもいいような受け答え。

本当に、ただ単に、その日は学校にいる気分ではなく、家に帰りたかっただけみたい。

つまり、サボり?

その週末は夫が出勤で、しかも交通機関がストップしているので、金土と友人宅に泊まらせてもらうことになっており、息子と二人きり。 天気もすぐれないし、土曜も日曜も、以前なら何とか息子を外遊びに連れ出そうとしたけど、私も疲れていたし、もう変に外行って病気になるのも嫌なので、買い物以外は二人で家でゴロゴロしていました。

はぁ。 今週からは、通常に戻ってほしい。 散々な1月、2月はどうなるのやら。
にほんブログ村 病気ブログ 難聴・聴覚障害へにほんブログ村 子育てブログ 海外育児へ

今日で長かった冬休みも終わり、明日からようやく学校が始まる~という前夜、私は急に悪寒を覚え、咳き込み始めたので、風呂にも入らず就寝。 翌朝、息子を学校に送り届けたもの、私は再び横になり、迎えに行く午後までベットの中。 14時に徒歩5分の学校まで歩いて行くのもシンドイ。

熱は38~40度近くまで上がり、肺が痛くて咳き込んでばかり。 明日、息子の送り迎えできるだろうかと心配になりましたが、杞憂でした。 というのも、夜中に息子も同じ症状に!

息子は突然咳き込み始め、ちょっと前に「喉が渇いた」と飲んだ水を吐き出し始めた。 (嘔吐などしたことない子なので、何の病気かと驚きましたが、これはただ単に水を飲み過ぎた上に激しく咳き込んだためだったみたい。 しかしトイレへ歩いて行きながらゲホゲホ水を吐き出すにはマイった。) 熱もある。

その日は息子と二人、並んでグッタリ横になっていました。 その日だけでなく、残りの1週間も・・・
つまり息子は1月10日(火)に登校しただけで、残りの3日間休み。

その他、突然、これまた今まで出したことがない鼻血をドバッと出して、私がビックリ! (子供が鼻血出すってよく
あることかもしれませんが、息子は出したことがなかったし、私も出すことはないし、なので突然の大量の鮮血に気が動転。 出血多量か!?と。 すぐ止まりましたし、後で調べてみると、大した量じゃなかった。)

また週末に、パパと息子ふざけていた息子、机の角で目の付近を強打し、右目の周りが青あざに(本当に漫画のように丸く青くなり、誰に殴られた? 虐待か?って感じに)・・・

翌週は、咳はまだ出ていたけど熱は下がって元気だったので学校に、青あざの目で、行かせました。

どうやら、二人してインフルエンザだったようです。 多分、あの日のこのこ出歩いたのが行けなかったんだなぁ。 (今度から、冬休みは家で大人しくしてよう・・・)

私の方は週末になってもスッキリせず、少量の仕事が入っていたのを朦朧とした頭でし、月曜に息子を学校に送り出した後、大量に溜まった洗濯物を抱え、洗濯室(地下にある)と4階(に私たちは住んでいる)を往復していたら、また熱が上がり、ぶっ倒れました。

またほとんど動けない状態になり、また先ほどの仕事でもミスしちゃって・・・

幸い夫が遅番だったので、朝は息子を送ってくれたんだけど、水曜に夫は体調を崩し仕事を休み、木曜に出勤、金曜から寝込む・・・ 

実は先週は息子の誕生日だったのですが、プレゼント渡しただけで、ケーキなし(後日改めて祝いましょう。)

再び巡ってきた月曜、息子は学校に、夫も仕事に行き、私は先週行く予定だった「言語聴覚療法」をキャンセルしたので、新しい面会日を決めるために病院に電話。

今週は水曜日に、聴覚測定のため総合病院まで行かなくちゃいけないので息子は再び学校を休まなくてはならず、その旨学校に連絡。

息子、前学期は1日風邪で休んだだけだったのになぁ。 今学期は始まったばかりで・・・

気がつけば1月も、もう終わりに近づいているし・・・ 失われた1月ってな感じです。
にほんブログ村 病気ブログ 難聴・聴覚障害へにほんブログ村 子育てブログ 海外育児へ

昨日(12月21日)で、前学期が終了。 教会で終業式が行われました。 生徒の家族(親、兄弟、祖父母等)も教会での式に参加できるので、行ってみました。 本当は、先週学校で行われたクリスマスの歌の発表に行ったから、終業式は行かなくてもいいかと思ったけれど、この国の教会で行われる伝統的な終業式がどんなものか興味あったので。 第一、教会はうちから徒歩5分だし。 (うちから学校までも5分ですが、S校のほとんどの生徒は遠距離通学しているので、親御さんだってなかなか来れない。)

でも、朝8時半に息子を学校まで連れて行き家に戻り、それから9時45分に教会に行き、10時45分に自宅に戻り、また11時半に息子を学校に迎えに行くのは、ちょっと面倒でもあります。

ぎりぎりに家を出たら、ちょうどS校の全校生徒が並んで教会に向かっているのに出くわしてしまったので、見つからないように(?)遅れて行ったら、小さな教会でもう席はほぼ埋まっていました。 30分位で終わるのかなーと思い、座らずに後ろに立っていたら、1時間ほど式は続いたのです。 こういうのって、ここの国では当たり前の伝統的なことなんだけど、外国人(私)にとっては初めてのことで要領分からず戸惑うことばかり。 (だからまた行くのを億劫に思ちゃうんですが。)

また知らなかったし、行って良かったのは、生徒たちが学年ごとに歌やお遊戯をしたこと。 まず息子がいる0年生が2曲、振りのあるクリスマス関連の歌を披露。 (みんな上手に楽しそうにできました。) 次に1年生が同じような歌を2曲披露。 それから2,3学年(合同クラス)が "I Wish You a Merry Christmas" を英語と現地語で。 その後に牧師さんの話と讃美歌『きよしこのよる』を全員で歌い、3人の生徒と3人の先生方による『ハレルヤ』。 続くのは4,5年(合同クラス)と会場全員参加の "We Will Rock You"サビの部分の替え歌。 全員立ち上がり、足踏みをして。 

やはり難聴児、音程は外れるなぁー? 私も音痴なので、人のことは言えませんが・・・

ところで、壇上の横では絶えず誰かが(先生方だと思いますが)手話通訳をしていました。 手話を使えない先生方もいらしゃいますが、できる先生型は口で話しながら手でも話して(手話をして)いますね。 息子も簡単な手話を覚えてきました。 やはり言語は小さいうちの方が身につきやすいのかな、と息子の手話を見ていて思ったりします。

そして、ついに登場、カリスマ校長のお話なんですが・・・ スピーチが長い・・・ 牧師さんよりも長くてつまらん・・・ (そして相変わらずホームレス的な風貌、笑。)

最後に讃美歌で、ようやく終了したときは、次の学校の生徒たちが外で待っていたのですが、こちらも特別学校のよう。 (この市には、難聴児のための特別学校であるS校の他にも公立の特別学校があり、そこの学校に入れるために引っ越してきた家族もいると聞いたことがあったけど。)

親が終業式に来ていてそのまま一緒に帰る生徒もいるようですが、そうでない場合は学校に戻り給食(この日はクリスマス特別メニュー)を食べてから、いつもより早く11時半に学校は終わり。

これから3週間のクリスマス休暇だぁ~、イエーイ! という心境では、息子も私も、ありません。 息子は学校で友達と遊ぶのが好きなので、学校がなければつまらないし、私も3週間息子と二人で毎日何しようか頭を抱えますからね。

この4か月、息子は元気に学校に通い学びましたが、成長したかといいうと・・・ 実はその反対。 保育園の頃より、家にいる時間がグッと長くなり、友達もいない土地でママと二人で過ごす時間が長くなったからか、以前より甘ったれたり、落ち着きがなくハシャギ過ぎたりとか、問題に思うことが多くなってしまった。 それで、来学期からは放課後、2時間S校の「学童クラブ」といったものに参加することになりました。

それは息子にとっても、私にとっても良いんじゃないかと、期待しています。
(早く来い来い新学期、です。)
にほんブログ村 病気ブログ 難聴・聴覚障害へにほんブログ村 子育てブログ 海外育児へ

このページのトップヘ