バイリンガルで聴覚障害と発達障害

5歳で感音性難聴が分かったバイリンガルハーフの息子、難聴学校に入学。 その後、発達障害(自閉症)の診断も出ました。 親としての備忘録、息子の成長の記録、欧州で暮らしているので日本とは言語も環境も異なりますが情報共有としてブログを始めました。

カテゴリ:難聴児の学校選び > 体験入学

6月2日(木)3日(金)と、S校の新入学生の体験入学がありました。 この体験入学は、保護者抜きの子供だけで学校に行き授業を(8時半から12時まで)受けるというもの。

遠方から通う生徒たちは、実際一人でスクールタクシーに乗って登校することもできたのですが、ほとんどは親が学校まで連れて行き、時間になったら迎えに来ていたみたい。 うちも、1日目は夫が、2日目は私が、電車で連れて行きました。

授業は8時半から始まるので、家を6時半ぐらいにでました。 早めに着きすぎてしまいましたが。 1日目は、待っている私はどうだったかと気になってしかたなかったです。 二人とも元気に帰ってきました。

以前、保護者と一緒の体験入学2回目で夫と息子が二人で行ったとき、学校が近づくと息子は行くのを拒否し始め、学校に入っても夫にくっついて離れなかったので心配していたのですが、今回は学校に着いたときも問題なかったし、まだ他の(同じクラスの)生徒は来ていなかったけど、担任の先生と外で遊び始め、夫が学校を離れても問題なかったそう。

そして、その日に何をしたか、息子が写真を見せながら説明してくれました。 というのも、「2016年6月2日 S校の体験入学」とタイトルが印字され、6枚の小さな写真が貼ってある、きれいにラミネートされたA4サイズの紙を貰ってきたのです。 こんなことしてくれるんですね。 写真には、息子とクラスメートの様子が写っています。 テーブルにつき、喉が渇いているからみんなで水を飲んでいる様子。 校庭の遊具で遊んでいる様子2枚。 芝生の上で、数字が書いてある三角コーンを使ったゲームの説明をしている先生に聞きいる様子2枚。 教室の中で、おもちゃで遊んでいる様子。

小学校入学といっても、いきなり1年生で勉強を始めるわけではなく、まだ準備クラス(0年生)。 遊びながら勉強することに親しんでいく、社会性を身に着けるのが目的の学年です。

さて、翌日は私が連れて行きました。 前日のように6時半に家を出たら、予定より早めの電車に乗ることができ、7時半ごろに着いてしまったので、ゆっくり歩きながら(徒歩10~15分のところ、20分以上かけて)学校へ。 ちょうど8時くらいで、他の生徒たちも着きだした頃。 1台のワゴン車(スクールタクシーが)学校の側に止まりました。 ちょっと初老じみた運転手が降り、後ろのドアを開け二人の児童を降ろしていましたが、運転手さんはいろいろ生徒たちに話しかけ、とても丁寧に愛情深く接してる様子、生徒たちとの間にも深い信頼関係が築かれている様子が伝わってきました。 スクールタクシーの運転手さんは、人それぞれだろうけど、ただ車を運転するだけじゃないんだな、と感じました。

息子は学校に着くと鞄を背負ったまま、校庭の遊具で遊び始めました。 すると、息子とあまり変わらない年齢の一人の女の子が声をかけてきて、一緒に遊び始めました。 それが、とても自然で当たり前のことのように馴染んでいていたので、驚くやら感心するやら。

続々と学校に子供たちがやってきます。 裏の方から徒歩や自転車で来た子たちもいるので、近くに住んでいる生徒もいるんですね。 そのうち、指導員らしき先生方も外に出てきて子供たちを見守ります。 2,3人いたけれど、みな補聴器をつけ、喋り方や発音も明瞭ではなかったです。 (聴覚障害関連の学校では、必ず聴覚障害者である教師や指導員を置かなければいけません。)

息子のクラスの子たちはまだ来ていなかったけど、担任の先生はいらしたので挨拶し、息子に声をかけ学校を離れました。 息子は楽しそうに遊び、私のことなどもう眼中にない。

そして、既に私は、この学校の中で、生徒と先生方にちょっと触れただけで、深い安心感に包まれていました。 学校という多数が集まり共に1日を過ごす場所で、子供にとって(親にとっても)何より重要で大切なのは「安心感、安全性」。 それがここにはある、と強く感じ、親としても本当に「安心」しました。

この日は、前日もですが、30度近い真夏日! 私は息子が学校にいる3時間半、どこで時間を潰そう! 朝の9時前では、まだどこも開いていない。 2日間の周遊券を購入していたので、電車でS市より大きい近隣の町まで行って戻ってきました。

12時ぴったりに学校に行くと、ちょうど授業が終わり、先生が一人一人に挨拶をしていたところ。 「Give me five, give me ten, 今日はありがとう!」と互いの手を合わせながら言っていました。 保護者の説明会で、「難聴児が外国語を習うのは困難なようなので、通常4年生から勉強する英語を0学年から少しずつ導入していく」と言っていましたが、その一環のようですね。

今日息子の手にあったのは、クラス写真。 息子のクラスは全員で10人だそうです。 昨日も今日も二人来なかったけれど、8人は両日とも参加していました。 男の子3人、女の子5人。 担任の先生は二人。 必要に応じてアシスタントがつきます。

ふぅ、体験入学も、無事終了! あとは、8月下旬の入学を待つばかり。 息子もS校が大好きだそうで、通い始めるのを楽しみにしています。 良かった。

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3回目のS校の体験入学で、保護者達は在校生の授業風景をちょっと見学させてもらいました。

ここの校舎ですが、平屋で、真ん中に広めの廊下が真っ直ぐ通り、その両側に教室がある、という構造です。 それほど大きくありません。 教室の数も、8〜10位かな?

最初に覗いたのは、3、4年生のクラス。 人数が少ないので2学年ずつ合同で授業をしています。 教室の真ん中に丸く寄せてある机を囲み、休憩時間なのか10時のおやつ?(果物や軽いサンドウィッチなど)を食べていました。 こういう風に食べているのは、ここの学校が特別だからか? でも、普通の学校でも食べていそう。 こっちは普通の学校でさえ、日本の常識からはずれているので、驚くことが多いです。 

女性の先生が一人に、生徒は6人程。 引率の先生が「この学校の長所と短所は何?」と聞くと、「良いところは、みんな補聴器していること。 悪いところは、なし。」という答えが返ってきました。 みんな物静かだけど、楽しそうにお喋りしています。

次の教室は、5、6年生。 8人くらいの生徒がいて、中年男性の先生が前に立っています。 生徒達は前方に机を寄せて集まり、一人の生徒がタブレットで何かを読み上げていて、その横には年配の女性の先生がついていました。 この女性の先生は、手話の先生だそう。 教師の中には手話が出来ない人もいるので、通訳として手話の先生も授業に参加します。 男性の先生は体育担当で、スポーツに関する講義をしているところでした。 

前方の机とはちょっと離れ、後方の机に一人座っている生徒がいて、その机に生徒と同じ位若い男性が腰掛けていました。 授業には参加しているようですが、何故この子は1人離れて座っているのか、またこの男性は生徒ではなくアシスタントなのか、不思議に思いました。 

最後に行ったのは、日本の中学にあたる学年のクラスだったのですが、ちょうど授業前の休憩のようで、廊下の突き当たりにあるラウンジで生徒達がたむろし、教室に移るところでした。 一人の男の子がソファに寝転んだままなのを引率の先生が「これだから、この年齢の子は〜。 夜更かしして、眠いんでしょー」とふざけながら起こしていました。 

これから始まる授業は語学で、皆それぞれが選択した語学の教室に移って行きました。 私たちが訪問したのは、現地語のクラス。 選択科目である語学は、多くが英語を選ぶようですが、中には他の言語を選ぶ生徒もいます。 しかし、外国語を学ぶのが難しい子、現地語の勉強に力を注ぐ必要がある子たちは現地語を選択します。

で、その現地語のクラス、なんと男子ばかり6人程。 語学は女子の方が得意とは定説ですが、難聴でも同じなのかな〜と思いました。 引率の先生が、また「この学校の長所と短所は?」と聞いてみると、一人が「短所は、朝早く起きなくちゃいけないこと〜!」と即答。

そう、ここの学校の生徒は、ほとんどが遠くから1時間〜1時間半程かけて通っているんですよね。 そのぶん早起きしなくちゃいけない。 それでも、みんな学校が楽しいみたいです。

中学生ともなると、思春期で難しい年頃ですが、ここのクラスにいる男子生徒達は、図体は大きいけれど、まだ子供っぽい純粋さがあるように思いました。 一般的に、難聴の子供達は健聴の子供達に比べ、内面の成長(成熟度)が遅く、精神年齢が本来の年齢より低めです。 保育園児である息子を見ていてもそうですが、小中学校でも、そのまま(一般よりも遅れ気味)なのかな、と思いました。

現地語のクラスは、理科の実験室を使っていました。 そして、現地語を教えていたのは、本人も難聴である中年の男性教師でした。 (聴覚障がいの学校や施設などでは、必ず数名は聴覚障がい者を雇わなくてはいけません。 聴覚障がいの子供達の気持ちを理解するためにも、必要だからです。 もちろん、その聴覚障がい者も教師の資格を持っていなくてはいけません。) 先生はご自分の補聴器を指し、「ご覧のように私自身も聴覚障がい者です。 ここの学校の設備は難聴者用に整っているので、私は授業をスムーズに行えます。 普通の学校では、私は教えられないでしょう」とおっしゃっていました。

どの学年の生徒達も、私たち保護者が教室に入ってきても、動揺する素振りはなく、気さくに受け答えをしてくれましたが、この学校には、よく見学者が訪れるので、慣れているそう。 また、少人数で、皆が同じように聞こえない喋れない難聴者なので、話すことに臆することはありません。 もし普通の学校で、もっと生徒数の多いクラスだったら、聞こえないこと、発音がおかしいことを気にして、発言できない子になってしまうでしょう、と引率の先生がおっしゃっていました。

(今のところ、息子は自分が聞こえていない、発音がおかしいことに気付いていないし、思ったことは何でも発言し、誰かまわず知らない人にも話しかけてしまう面があり、親は困っています、笑。 でも、環境によっては、そのような性格も萎えてしまうかも。)

難聴だけでなく、他にも軽い障害を併せ持つ子もいますが、やはり気になったのは、男の子たち。 女子はどの子も落ち着いているように見えるのですが、男子は何か、常にそわそわしているようなんですよね。 いや、本人はそんなつもりないでしょう。 普通にしているんでしょう。 でも、なんというか、「目の焦点が合わない」といいますが、体の焦点が合っていないような、そんな印象を受けるのです。 それって、息子がそうなのです。 男の子って、もともと注意力散漫なところがあるけれど、難聴も関係あるのか?

また、勉強ができ、社交的で、自立心があるのも女子の方で、男子は落ちこぼれやすいというのも定説。 息子の将来大丈夫か、今から心配です。 
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3月22日に、3回目のS校の体験入学に行ってきました。 前回、息子はパパと二人で行ったものの、学校に着く前からイヤイヤモードになり、親と子が離れての活動も嫌がったので、夫は保護者の説明会に出席できず。 今回も、数日前から「またS校に行くよ」と話してみたものの、もうS校には行きたいない、他の子供達がうるさいから嫌だ(あまり喋れない子ばかりのはずだが)、ボクは保育園が好きなので保育園にずぅっーといる等、拒否する発言ばかりで親としては困るやら心配するやら頭を抱えていました。 また夫と息子の二人で行く予定でしたが、私も一緒に行き、夫が保護者説明会に参加している間、私は息子と一緒にいることにしました。

私も一緒だからか、家を出たときから嫌がる様子もなく、スムーズに校内に入り、最初は広い教室に全員が集まりました。 今までにも参加していた子は息子を含め6人、今日初めて来た子が2人(双子)、1学年上の在校生が2人。 子供達は二つのテーブルにつき、紙と鉛筆をもらって何か描いたりしていました、では大人達は別の部屋に行きましょうと、有無を言わさず保護者は教室を出て行く雰囲気。

息子を見ると、不安気にこっちを見ている。 私も、教室に一緒にいるって息子に言っていたのになぁと思いつつ、夫が大丈夫そうならこのまま息子を一人で残した方がいいよと言うし、小さく息子に手を振って出たのですが、「泣きそうだったよぉ」と夫に言うと、夫は中をちらっと覗いて「先生に自分の描いたもの見せて笑っているよ」。 えっ、そうなの!? (何のために私は来たのだろう。)

保護者たちは、今日が最後の体験入学ということで、質疑応答の他、授業中の教室風景も見学させてもらいました。 

約束の10時半になり子供達に会いに行くと、手に何か持っている。 S校の絵葉書に、前回撮影した息子の写真が貼ってあり、「S校を訪問してくれてありがとう!」と手書きでありました。 息子は「ボクもう悲しくならなかったよ」。  一緒にいた先生も「今日はとっても良い子でしたよ」と言ってくださり、無理していたんじゃないかなと心を痛めながらも、ほっ。 

しかし、食堂でのランチは相変わらず行きたくないというので、私たちはこのまま帰ることに。 先生達からも「食堂で食べないの?」と誘われましたが、息子は「食べ物の匂いが臭いから行きたくない」と鼻をつまんで説明。 きちんと何が嫌で行きたくないのか説明できているので、無理強いはやめました。 (しかし、この学校に入学した後は、どうなるんだろう、、、)

これで、一連の3ヶ月(3回)に渡った体験入学は終わり、願書締め切りは3月末。 昨年に引き続き入学希望者は多く、学校の定員数を超えてしまうので、今年は他の学年の転入生は認めないものの、新入学生は優先的に入れるとのこと。 (最初の学年から卒業までの10年間、同じ仲間で勉強していくことが最重要と考えているため。)

4月半ばには入学の際の必要な書類を各家庭に送付。 5月半ばに2日間、子供たちが一人でタクシーで通学し実際の授業を受ける体験入学を実施。 

多分、息子はS校に入学できるのだろうけど、もし希望者が現時点より増え、オーディグラムの書類選考となると、息子は入れない可能性もあります。 他の子達の方が、明らかに聞こえないし、喋れないです。 

そして、息子はこの学校に入って楽しいか、友達が出来るか、また私にとっても、ここの保護者達と付き合っていけるのか?(という問題は、また今度書きます。) やはり、不安が拭えません。 しかし、ここに入れなかったらどこへ行くか、選択肢がないのが現実なので、それも不安。

ところで、保護者会の教室の黒板に、なんと「日めくりカレンダー」が置いてありました! Kanonさんから、時制を身につけさせるのに日めくりカレンダーを大いに活用したとのアドバイスをいただきましたが、ここでも日めくりカレンダーを使っているようです!

夫に「見た、見た? 日めくりカレンダーがあったの!?」と言ったら、「そればかり見て、話しは上の空だったんだろ」と返され、図星です。
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中度程の難聴児の場合、一般的には普通の学校に通うのが大多数のようです。

しかし、私たちが息子を「難聴児のための特別支援学校」に入れようと考えているのは、地元の学校の質が悪く問題も多いから。 

質が良くレベルが高い学校なら問題がないかというと、そうでもない例もありました。 2回目の体験入学のとき、1回目に来ていなかった親子がいたのですが、その息子さんは既に地元の普通校に入学したものの、そこでは難しいので、特別校に転入したいとのことでした。

そのご家族は、裕福で教育熱心な家庭が多い地域に住んでいるようで、地元の普通校も勉強熱心らしい。 入学初日、子供達は自分の名前を黒板に書くよう指示され、書けなかったのはその息子さんだけだったり、1週間程の休暇の際30ページもの宿題が出たり。

日本では当たり前のことですが、この国の小学校はガリガリ勉強するわけではなく、小学校入学1年目はまだ「準備クラス」で遊び半分、徐々に勉強することに慣れましょうという学年。 なので、最初から勉強に力を入れる学校に、ご両親は不服のよう。

難聴児がいる場合、普通の学校でもマイクロフォンなどの補助器具を購入し、先生は授業の際、使用しなくてはいけません。 しかし、学校側はマイクロフォンを1台しか購入してくれず、先生方(教科毎に複数いる)は教室を出るとき、そのマイクロフォンを机に置きっぱなし。 他の生徒がそれをいじって、大声で「わぁ」と言うと、補聴器にビンッと響いて、息子さんはびっくりしたり耳が痛くなったり。

また、そのクラスの男子は全員サッカーをしていて、競技中のパス回しなど声を掛け合うとき、息子さんには聞こえず、パスをミスする。

息子さんは大人しい子で、好きな遊びは女子とのおままごと。 男子の輪の中に入っていけないようです。

補聴器をつけたのも遅めだったため、年齢は6歳だけど、ご両親曰く中身は4歳。 (この点、息子と同じ。 息子は、自分の名前は書けるし、女の子とのおままごとは興味なしだけど、サッカーの輪の中には入れない。)

地元の普通校に通うのは困難なようだからS校に入れたいが、今年S校は新入学生しか受け入れておらず、ご両親は、中身は4歳児だから1年遅れで再び「準備クラス」から始めたいと思っているけど、この国も日本と同様、年齢で学年が決まり、飛び級や留年を認めていない。 S校の方は、特別措置が許可されるか、掛け合ってみるそう。

さて、息子の方は、あるとき「S校は学校なのにオモチャがあるよ。 キラキラ光るお金があった」(それは多分授業で使う教材かもしれませんが)などと話してくれたのはいいのですが、でも「BB8(スターウォーズのキャラクターTシャツ)を着ている子が、お金ガシャンってひっくり返してうるさかった。 S校、きらい。 もう行かない。 ベッー、バイバイ」と言い出したので、私の方は動揺し「やっぱり、あの学校の子供達と付き合うのは楽しくないのかもしれない」と考え始めてしまいしまいました。 小学校になると、友達関係も重要になってくるので、友達のヴァリエーションがある普通校の方がいいんじゃないかと思ってしまうのです。

夫に「こんなこと言ってたけど、前回の体験入学のときはどうだったの?」と聞くと、「息子は、みんなと一緒にしましょうとなると、いつものように一人で勝手に好きなことをしたがった。 シャイというのではなく、ちょっと神経質で、社交性や協調性に欠けるからだと思う。 でも、だから、少人数制で教師の目が行き届く特別校の方が息子には良い」というのが夫の意見。

そして、当の息子は、「3月にまたS校行くよ」と言ったら、「イエーイ!」と喜んでいる。 一体どっちなの?と聞きたいけれど、どれもが、そのときそのときの本当の気持ちなんでしょうね。 親までもが不安定な子供の気持ちに振り回されるのではなく、親は一貫した意見を持たないといけないと反省したのでした。
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1月に続き2月16日に、公立の「難聴児ための特別支援学校」S校で、2回目の学校見学があり、今回は夫と息子の二人が行きました。

数日前から、「また補聴器の学校(←私と息子はS校のことを日本語でこう呼んでいる)に行くよ」と話すと、息子は「わーい」と喜ぶ反面「でも、パパとママがいなくなっちゃうと、悲しくなっちゃう」とも言っていました。 前回、子供達は広い教室に残され、保護者達は別の部屋でミーティングだったのですが、初めての場所、見知らぬ人たちの中に取り残された息子は不安で心細くなってしまったよう。

私も「大丈夫かな」と心配し、何度か息子と話し合ったりしたところ「でも、大丈夫」と息子は笑顔で答えたので安心したのですが、、、

当日、帰宅途中の夫から、(息子が)かなり大変だったと一言、smsが入ってきました。

電車から降りS校に向う道すがら、既に息子は「行きたくないモード」に入ってしまったそう。 門の前では、1学年上の在校生の男の子と女の子が迎えてくれたのですが、中に入ることを拒否。 教室の中の席に着き、それぞれ自己紹介する番になっても下を向き名前は○○。 ハッピーではありません」とふてくされた声で言っただけだったとか。 前回、威勢良く「ボクは頭がいいです!」と自己紹介していた姿はどこへ行った〜という態度ですね。。。

そして、保護者が別室へ行くとき、夫にかじり付いて離れない。 仕方なく、夫は息子と教室に残るはめに。 教室の中では、他の子供達と遊び始めたそうですが、少しでも夫が別室に行く素振りを見せると、ダメ〜と制止するので、夫は保護者のミーティングには参加できずじまいでした。

しかし、校長に、どんなことを話していたのか概要を聞きたいのですが言ったら、「では校長室で、1対1で話しましょう」と時間を取ってくださったとのこと。

この校長は、学校が設立された当時から約25年間、S校の校長を勤めています。 昨年の保護者説明会に行った夫からそう聞かされたとき、かなり若いときから校長をしていて、しかもS校はズバ抜けて評判の良い学校なので、すごいやり手の校長なんだろうなぁと、スーツも髪型もビシッと決めた眼光の鋭い中年男性を想像していた私。

前回の体験入学の際、ミーティングの途中からヒョロリと現れた校長は、ヨレヨレのスーツ、中途半端な長さの髪型、この国の人には珍しく愛想よく笑顔なのですが、タレ目ゆえヘロヘロした印象で、激しく自分の想像図と違っていた為に軽いショック。 思わず校長の姿を目にして笑いそうになりました。

でも、やはり、すごい出来る人なのです。 校長となると、学校の外でもいろいろな要人に会い、問題を解決していかないといけませんが、全てに精通し、学校と生徒の為に労をいとわない人。 この校長ゆえ、この学校あり、なんでしょうね。

とにかく、息子の態度に手こずったものの、校長も先生方も良くしてくださり、2回目の体験入学終了。 またもや、食堂での昼食を息子は拒否したので、途中ハンバーガーを買って駅に向っていたら、電車が来たのが見えたので走ったところ、息子が転び、手にしたハンバーガーは手から落ち、息子は泣き出し、1時間に1本の電車も乗り過ごしたという、やはり息子と一緒は何事もスムーズにいかないのでした。

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1回目の学校見学に参加した子供達は、息子を含め、7名でした。 全員、今年の秋から小学校入学予定の、5〜6歳児。

そして、その子たちを見たとき、正直に申しますと、私の心はシューンと沈んでしまったのです。 どの子も、あきらかに、息子より聞こえない喋れない。 

6人のうち3人は既にこの学校付属の保育園に通い、他の2人も別の市にある聴覚障害児用の保育園に通い、もう1人は聴覚の他に軽い重複障害があるよう。 人工内耳をつけている子の一人は、ほとんど発音できない。 

果たして、息子は、この子たちと遊んで楽しいか?と思ったのです。

息子は、友達と遊ぶのは好きだし、腕白な面もある。 これから友達関係は重要となってくるけど、この学校にいると限られた友達としか交流できないではないか。 言語面でも、他の子達とたくさん話して伸ばしていって欲しいけど、ここの子たちでは刺激にならないのではないか。 保育園では友達からも好かれているし、息子は普通の学校に通わせても上手くやっていけるかもしれないし、その方が楽しいんじゃないか。 そんな疑問や不安がむくむくと心の中に湧き出ました。

帰宅してから夫に、「S校に通わせるのが反対なのではなく、これは私が持った疑問だから。 それについて、どう思う?」と自分の胸の内を話しました。

夫の意見は、「確かに息子より聞こえない喋れない子ばかりだったけど、男の子たち(計3人)が大人しかったのに比べ、女の子たち(計4人)は社交的だった。 そういう社交性を息子は女の子達から学べるんじゃないかな。 また同じ学年だけでなく、他の学年の子達とも交流がある。 第一、この学校以外にどこの学校に行くの? 地元の普通の学校に行ったらどうなるか、あの在校生の男の子の話、聞いてなかったの? 息子には一緒に遊んでくれる兄弟だっていないし。 それに、後からやっぱりS校がいいですって思っても、遅いんだよ。(定員オーバーとなるため転入生は受け入れず、新入生を優先に受け入れる姿勢。)」

そう言われても、しばらく私の胸の内はもやもやしていましたが、夫の意見が正しいです。 「やっぱり普通がいい」と思うのは、親のエゴでしかありません。 

その後、私自身、息子のアンバランスさや他の「普通の」子たちとのギャップに気付き悩んだり、何が息子にとって良いのか考えたりして、行き着く先はやはり「特別支援学校」。

ちょうどその頃、私の日本のちょっと先輩にあたる友人が、ご自身のブログで似たような葛藤について書いていました。 友人は、現在中学生である発達障害の息子さんとの歩みや活動をブログ『息子の発達障害から学んだこと』に綴っていますが、子育てや生き方について、とても考えさせられ参考になることばかりです。 (古い友人だけど、彼女について知らなかった面もボロボロでてきて、かなりドラマチックな人生。 苦労人だけど、それを感じさせない魅力がある友人です。)

「普通」にこだわるのが息子にとって幸せとは限りませんね。 息子は「特別」なんですから。

それから、当の息子は他の子達の「障害」にはまったく気付いていないし「障害」とも思っていないし、「普通」に接して遊んでいたし、S校のこと楽しかったと言っていました。
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公立の「難聴児ための特別支援学校」S校での、今年1回目の学校見学では、在校生のお話を聞くことができました。

最終学年である9年生(日本の中学3年生にあたる)、女子と男子のお二人。 この夏に学校を卒業し、秋から高校に通います。 ご自分達の自己紹介から始まり、見学者である難聴児の保護者たちからの質問に答えてくれました。

女子生徒は、生まれつき左耳が聞こえず人工内耳をつけています。 お姉さんも同じ状況なのだそう。 この学校には1年生のときから通っているので、教師も生徒も全員のことを良く知り家族みたいと言っていました。 この学校のことが好きで好きでたまらない様子。 卒業するのは寂しいけれど、遊びに来るからね、なんて、側にいる先生に甘えるように言っていました。 かなり遠くの地域から、学校のチャーターバスで通っているのですが、それは苦にならないよう。 「通学上の車中では何していたの?」という保護者からの質問には、他の子と指を人形にみたて遊んだ、と答えていました。 毎日長時間の車での通学に、小さい子は耐えられるだろうかと親は心配ですが、子供はあまり気にしないようですね。

「週末とか学校の友達と遊べないでしょ?」という質問には、近所にも仲の良い(健聴者の)友達がたくさんいて、週末は平日の学校生活はまた違って楽しかったと答え、とても充実した子供時代を過ごしていたんですね。 彼女の清楚ながら質の良い装いからも、けっこう裕福な家庭で、考慮深い親の庇護のもと、障害など気にせず幸せにのびのび暮らしている様子がうかがえました。

男子生徒の方は、2年半前、中学1年にあたる年からこの学校に通い始めました。 4,5歳の頃に難聴であることが分かったけれど、そのまま普通の小学校に入学。 しかし、学校では授業についていけず、友達もできず、イジメられる日々だったそう。 健聴者のお兄さんがいて、いつも兄さんと遊んでいた、兄さん以外の友達や遊び相手はいなかったと言っていました。

親が学校に行けと言うので、毎日学校には行っていた。 しかし、授業は最初のうち何とか集中して聞いているものの、10分が限度。 10分過ぎると周り(教室内)もザワついてくるし、集中力も途切れてしまう。 すると、もう耳には何も入ってこない。

先生はマイクロフォンなどの補助器具を使ってはいたが、大して役には立たず、難聴児支援機関から年に2回、定期的に教育指導者が学校を訪れ状況を見たり話し合ったりするが、それで改善するわけでもない。

そこで、この学校に転入したのですが、ここで初めて友達ができ、授業の内容が理解できたそう。 側にいた先生も「成績がグンッと伸びた」とおっしゃっていたので、本当はとても頭が良い子だったんでしょうね。 適切な指導のもと学校生活を送れなかったため、勉強も分からず友達もできず、、、

最後に先生が「ご自分のお子さんたちをこの学校に入学させるかどうか考慮中の、ここにいる保護者の方々に伝えたいことある?」と聞いたら、この男子生徒が「悩まずに、この学校に入れてください。 ぜひ入れてあげて。」と言い、胸を突かれました。

この学校の卒業生の半分は、全国に1校だけある難聴特別支援高校に、半分は普通の高校に進学するそうです。

男子生徒は、地元付近の都市部にある普通の高校のコンピューター学科に進学を希望。 健聴者と一緒の授業についていけるかどうか、実際にその高校で授業を体験させてもらい、これならイケると実感し進学を決意したとのこと。 あのまま普通の学校に通っていたら、学校だけでなく人生からもドロップアウトの状態だったのに、この学校に来たことで、自信を持ち聴覚障害者として自分の道を進んでいくことができたんだなと思うと、また胸打たれる思いです。

女子生徒も方も、地元の普通の高校で自然科学を学ぶ予定だそう。 「特別支援学校」は、生徒全員が障害者で、 障害者用に考慮された守られた環境の中にいるので、「普通」の学校や人や環境の中に出て行くのが困難だったり、怖かったり、挫折を感じて引きこもったりするんじゃないかという危惧がありました。 でも、生徒達の話しを聞くと、このような特別な環境の中で、充分なケアのもと、安心して、のびのびと学んだからこそ、不安を持たず、自信を持って、外の世界に出て行くことができるんだ、と思いました。

小さなうちから努力し困難に打ち勝つ精神を身につけさせようと思いがちですが、小さな子に、それは酷。 誰もが最初から強いわけじゃない。 そこで潰されてしまう可能性の方が大きい。 小中学校時代は、愛情と安心感をたっぷり注ぎ、周りの大人達が努力して基礎を固めてあげる期間なんだということを、この学校で知ったのでした。

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公立の「難聴児ための特別支援学校」S校では、今年の1月〜3月、3回に分けて入学希望の児童と保護者を対象とした学校見学の場を設けていたので、3回とも申し込みました。 (毎回、微妙に異なるプログラムが組まれていて、3回で1セットのよう。)

1回目は1月19日。 毎回9時から11時までの予定でスケジュールが組まれていす。

この日は家族全員で行くことにしましたが、前の晩から大雪! 私たちが住む市から学校のある市まで、電車で1時間程。 電車が遅れることも考え、早めに出たら、30分も早く着いてしまいました。 (車で来た家族は30分遅れでした、、、)

私にとって(息子にとっても)初めて訪れる町。 しかし、1面雪に覆われ、ただただ白く、歩きにくく、学校は駅からさほど遠くありませんが、はずれにあるので、町の印象はとんと分からず。

S校は、普通校の敷地内にある平屋の校舎です。 私たちが着いたとき、「準備クラス(6歳児の学年)」が、防寒着を着込んで外に遊びに行くところでした。 早くに着いた私たちが案内されたのは、1年生の教室。 教室の半分は、黒板を前に丸いテーブルが置かれ、残りの半分のスペースに、衝立てで2面が囲まれた机が、4つか5つ、点在していました。 衝立てには、それぞれの生徒の名前とやるべき課題が書いてある紙が貼ってあります。 各々が自分に合った異なるスケジュールで勉強しているんですね。

他の家族も到着し始め、別の大きな教室に行くと、机が横に並べられ、この日参加する子供達の名前が立ててあり、子供達はそれぞれの席に着きます。 先生が「では、みなさん」と話し始めようとすると、息子が、はいはいっとばかりに「ボクの名前は○○です。 ボクは頭がいいです。 ボクは煙突がたくさんある高い家に住んでいます」と、いきなり自己紹介を始めるではありませんかっ! 私も夫も絶句。

自分のこと、自分で頭がいいって言うなんて、、、 煙突がある高い家って、古い4階立ての賃貸アパートです。。。

子供達はこの教室に残し、親達は別の教室で学校側からの説明や質疑応答、在校生から話しを聞く機会を与えられました。在校生の話について。)

丸テーブルを挟んで、コーヒーとお茶が振る舞われての話し合いです。

10時45分になり、別の部屋から子供達がやって来て、お開き。 この後、希望者は学校の(隣接の普通校との)共同食堂でランチをいただけることになっています。 

私たちも事前にランチは申し込んであり、私はこの国の学校給食がどんなものかと、とても楽しみにしていたのですが、、、 食堂の入り口の前で息子が「中に入るの嫌だ」と断固拒否!

息子は、時折、慣れない建物(博物館などの共同スペース)の中に入ることに強い拒否反応を示すのです。 それも、理由がよく分からない。 「中が暗くて怖い。 へんな匂いがする」と言ったりすることもあるけど。 私は給食を食べたいので、なんとかなだめすかそうとするが、息子は泣き叫んで拒否するばかり。

(この頑で理由の分からない息子の態度は、赤ちゃんの頃からで、手を焼いていることの一つ。 難聴と関係あるのか、ないのか、性格なのか、なんなのか、、、)

それで諦め、帰ることにしました。 あー、また今日も、疲れた、息子との外出。

そんな終わり方でしたので、息子がS校に対して、どんな印象を持ったのか分からなかったのですが、翌日になると「あの学校では、こんなことをしたよ、こんな歌をうたったよ。 マグネットが付いた補聴器(人工内耳のこと)をしている子もいるんだよ。」などと、自分が見聞きしたことを話してくれたのでした。 

「おもしろかったよ。 でも、パパとママがいなくなっちゃったから悲しくなった。」と、ポツポツ話してくれ、嫌な印象ではなかったよう。 なぜ食堂に入りたくなかったのかは、「ヘンな匂いがした」としか言わなかったのですが、食堂の食べ物の匂いが強烈過ぎたのか、大勢に気圧されたのか、ちょっと食堂は難関のようです。
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