息子の学校での言動が問題になり、特別なミーティングの場を設けることになりました。 学校、療育など子供が世話になっている機関、そして親が一堂に会し、厳密な形式のもと話し合いの場を持ち、その生徒にとって最適なプランやロールモデルを考える、というもの。 4月19日の朝9時から1時間半、S校にて。

学校からはクラス担任、副校長、書記として特別教育専門家が参加。 療育センターからは「電車恐怖症」の件でお世話になった特別教育専門家が来てくれ、場をまとめる者としてこの会合を主催する機関から一人出席。 このような機関や会合の場は、現在住む地域(と近隣の自治地による)独自のもので、以前住んでいた町にはないものでした。

機関から派遣された人が進行役、岩のように揺るぎない風格を持つベテラン。まずは私たち親から息子の現状を話すことに。

「1年生になってから息子がずいぶん変わったと感じている。学校は楽しい場ではなくなり、勉強することに苛立ち、家でも課題を与えても、思いどおりにならないと自分や親をぶとうとする。 2月の休暇あたりが一番酷く、最近は少し落ち着いてきた。 突然電車に乗れなくなったが、それは克服し乗れるようになった。 課題は、例えば算数ドリルなど、少しずつ分けるなど工夫してやれるようになった。」

次に学校のクラス担任の話。0年生からの担任で、息子たちの入学と同時にS校で教え始めた若い(30代前半かな)の先生。

「0年生のときは特に問題なかったが1年になり、特に課題を与えるとき難しくなった。 アグレッシブになり、特に音に対して敏感で、音を立てたとクラスメートに対しても激しく怒り始める。 いろいろ対策を立て対応しているが、それで出来るときもあれば、次の日には出来なくなるなど、変化が激しくなすすべがない。 クラスメートの音や行動が気になり集中できないようなので、授業中は一人机の周りに覆いをし取り組ませている。 食堂での給食は特に音に敏感になる(他の子たちが食べるときに出す音に耐えられない)のでイヤーマフをつけ一人離れたところで食事をしている。
 
休み時間にサッカーをしていたとき自分のところにボールがこない、自分もボールを蹴りたいと怒り出し、仲裁に入った教師をぶったり首を絞めようと暴れた。 給食の時年下の生徒の首にナイフを突きつけたこともある。

年齢相応の課題に取り組む能力はあるが、十分ではなく、絵をかいたりタブレットをしたがり、自分がしたいことをやらせてもらえないと怒る。 クラスメートたちに危害が加えられ、安全性が保てず、授業もままならない。」

最後に療育センターの特別教育専門家ですが、なんと後2日で定年退職だそうです。 数回しか会っていないけれど、夫がこの先生は信頼できる人だと絶賛していた。 

「電車のパニック恐怖症を克服するために、数回自宅で会ったが、彼はとても賢く良い子。 電車に乗ることができたと嬉しそうに言い、一緒に彼の写真アルバムを見たとき、いろいろ説明でき、言語能力が高いといえる。療育の方ではこれから医師、作業療法士、その他のサポートをしていくつもりだ。」

学校から息子のことを散々に言われたからか、療育センターの特別教育専門家は息子のことをとても褒めてくれた。 

その後は学校側があげる息子の問題行動について、進行役の人と療育センターから、それは良くない、自閉症の子供とはこういうものだという、息子を擁護あるいは学校のやり方の非難ともとれる発言が続き、私たち親はとくに口を挟むこともなく聞いていたのですが・・・

副校長が切れだした。

「○○(息子の名前)じゃなくて、こっちは他の生徒の安全面を言っているのよ! 聴覚が問題じゃないんだからこの学校にいる必要ないわ。 自閉症の学校に入れなさいよ!」

自分が思うように発言できない苛立ちを隠しもせず、感情的に、親の前で、この子は問題でうちの学校には必要ないから出ていけと言う。

この副校長も息子たちの入学と同時期の2年前にS校に赴任してきた人で、私が顔を会わすのは初めて。 それまでS校には副校長がいず、教師たちが校長のサポートをし、入学前に対応してくれていたのも全て現役教師だった。S校の教師たちはみんなS校の生徒たちを大切にし、生徒たちのために努力を惜しまないと思っていたし、校長も「息子さんの自閉症の診断を聞きました。 でもこちらもきちんと対処していきますので安心してください」と声をかけてくれたし、最近の学校からのニュースレターにも「聴覚障害を持つ子たちは他の障害を併せ持つ割合が高く、発達障害もその一つだが、S校はその面でも豊富な経験があり真摯に対処していく」と書いてあったのに。

親として悲しくなるし、不信感も募る。 これは副校長の個人的意見なの? 学校側の意見なの?

進行役の人は淡々と話し合いを進めていき、今後必要なことは、1.息子にはその日やることが明確に伝わるよう絵を用いた計画表を渡し理解をさせる。2.サポート機関に申し込みを申請 3.加配をつけるよう手配する。4.絵を用いた会話をし理解を深める、ということで終了。 次回の会合を同メンバーで5月30日に行うことになりました。 

療育センターの人だけでなく、この進行役の人も、S校の特別教育専門家も定年間近だそうで会合が終わった後に定年について雑談していました。 3人とも落ち着いた、揺るぎない信念で子供たちのために働いてきたことを感じる人たち。 定年退職後を楽しみにしているようだし、定年の時期を先延ばしにはしないとおっしゃっているが、いなくなってしまうのは心細いです。
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