バイリンガルで聴覚障害と発達障害

5歳で感音性難聴が分かったバイリンガルハーフの息子、難聴学校に入学。 その後、発達障害(自閉症)の診断も出ました。 親としての備忘録、息子の成長の記録、欧州で暮らしているので日本とは言語も環境も異なりますが情報共有としてブログを始めました。

2019年04月

日本では今「10連休」ですが、こちらでは先週10連休が終わりました。(イースターのため金~月まで祝日で、学校は金曜が祝日の週も休みに。) 日本のニュースに、10連休明けは心身の不調に陥りやすく元の生活リズムに戻るのが難しくなる危険性があるとありましたが、こっちの学校はちょこちょこ10連休を入れるうえに夏休みが2か月以上だから・・・ (発達障害児にとって最悪な状態を学校が作っているようなものですよね・・・)

で、やはり先週から朝は学校に行き渋る息子。 火・水は良かったんですが木曜の朝、行きたくな~いと登校時間になってベッドに潜り込んだ息子、10日間のイースター休暇中出勤だった夫がその日は代休取ってていたんですが、息子をベッドから出そうとした夫、その拍子に腰をギックリやってしまいました・・・

10日間息子のお守をしていた私が、その週末も一人で息子の相手をする羽目に。 そして土日の後、また月曜から息子は学校に行きたくないと言い出し、昨日は行って帰ってきたときは機嫌良かったけど、今朝はまた最悪。 なかなか着替えず、私がうるさくいうと「うるさーい!」と金切り声を出す。 なんとか支度をさせ、いざ玄関を出ようとする時間になると「何か持って行くもの」を探し出す。

いつもそう、玄関を出る直前に「何か持って行くもの(おもちゃとか)」を物色しはじめるのです。(保育園の及び0年生のときはこのようなことはなく、1年生になり学校生活に困難になってきてから始まったクセみたいなもの。)

私の方は根気よく待っていることができない。 側で、早くしろ、何時だと思っているの、そんなもの要らないでしょ、もう学校行くよ、いいかげんにしてよ、学校行かないつもり!?と、ギャーギャーがなりたてる。 それに対抗して息子もギャーうるさーい!と奇声をあげる修羅場が繰り広げられ・・・

数分遅刻でなんとか学校に送り届け、しかし私の方は精神的にも消耗し、何もする気力が出ない状態。 上手く息子に対処できない、藪蛇みたいな状態にさせてしまう自分に自己嫌悪。

週末も、夫がギックリ腰で動けないし、土曜に就学児童を対象にした公的なカルチャースクールでオープンハウスをやっていたので連れて行ったのですが、やはり息子に「学校」という場所は無理があると目の当たりにした上、焦って息子をコントロールしようとする私と頑としてマイペースを貫く息子と醜態を繰り広げ(3時間)、すっごく疲れてその日はもう何もする気がおきず(そして自己嫌悪)。

明日(5月1日)はメーデーでまた休みです。 2日行ってまた(土日で)2日休み。 

で、S校に行くのはその後2週間だけなん。 5月の半ばから別の学校(発達障碍児の特別支援学級・通級)での「慣らし」期間が始まるのです。3週間。 

でも、その1週目は8時半~9時半まで、月~水の3日間のみ。木・金は自宅待機!
2週目は8時半~10時まで、月~水の3日間のみ。木は祝日で金は休日に挟まれているので必然的に休み!
3週目は8時半~11時まで、月~水の3日間のみ。木は祝日で金は休日に挟まれているので必然的に休み!
そして学校は6月半ばから8月後半まで夏休みに突入するのです。

私の方がどう生活リズムを保っていけばいいのか分からない・・・
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月曜に、転校先の特別支援学級とのミーティングがありました。 2年生になってすぐの9月のミーティングから始まった息子の転校の話し合い・・・ミーティングするばかりでまったく手続きは進まず

2月28日のミーティングで正式に息子の転校にGoサインがでて、4月1日に行われたのは私たち親、息子が通うS校の副校長と息子に付いてるアシスタント、転校先の校長(普通校との兼任)と支援級の先生(以前にも会っている人)とのミーティング。

転校先の校長が、「手続きに時間がかかり過ぎ何も進行していないと苦情を受けましたが、然るべき手続きを行わなくてはいけませんので。 今、全ての手続きが完了し、息子さんを歓迎しますよ。」と挨拶をしたのですが、どうもS校の方がこのような手続き(公的な観察官による息子の学校での困り具合の観察を3回など)がかかることを知らず、すぐに息子をS校から追い出せると思っていたらしいと察しました。

S校というか、副校長。 この副校長の息子に対する暴言には以前にも書きました。 ことの発端と初めて副校長と顔合わせた3機関による特別ミーティング、それに続く今回の転校に関する最初のミーティング発達障害児の特別支援学級

普段、生徒たちと接するわけでなく息子のことなんて何も知らないのに、今回も「いいのよ、この子は他のことを遊ばないんだから」「この子がいなくなれば、来学年からは彼女(アシスタント)には別のことやってもらえるから。」と言い放ち。 

この副校長と同席すると、本当に激しく落ち込むし、私は月曜から今日までの3日間、夜寝れません。 こんな副校長がいると知っていたら(息子の入学と同時に赴任してきた)、わざわざ引っ越してまでS校に通わせたか。 夫は長距離通勤でストレスを抱え、全部息子のためと思っても、結局このS校を追い出されることになって。

夫は転校手続きに時間がかかったのは転校先に問題があると不信感持っているようだけど、私の不信感はS校の副校長に、です。 こいつの下に息子を置けない。

それと、つくづく思ったのは、発達障害児の親であるって、本当に大変であり、辛い。 こんな言い方どうかと思いますが、他の障害だったら適切な理解と支援を受けられ、聴覚障害だけだったらS校で手厚く(?)学校教育を受けられていたのではないか。 でも、発達障害だと、手に負えなかったら、理解も得られず、支援も万策尽き、罵詈雑言浴びて追い出される。 

以前、「親のための自閉症セミナー(9歳ぐらいまでの子の親が対象)」に参加したとき、他の参加者の親御さんが「学校はお前の子供は問題児だと親を責めるだけで、何も理解せず、支援もしてくれない。 普通の学校に通うのは無理なのか。 モンテッソーリの学校に転校させるべきか。」と、ほとほと疲れたように涙ながらに言う方がいました。 

私が住むのは欧州の福祉や教育先進国と(日本では)思われている国。 それでも、この現状。 ときどき日本の発達障害関連のサイトなどを見ていると、「欧米の発達障害教育は進んでいる、日本はこんなに遅れている」という発言を見かけますが、その人たちは、いつどこでそれを実感したというのでしょう??

発達障害を周りに受けいれてもらうのって、どこの国でも大変で、支援が複雑化すればするほど、発達障害は敬遠されているような気がします。
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