バイリンガルで聴覚障害と発達障害

5歳で感音性難聴が分かったバイリンガルハーフの息子、難聴学校に入学。 その後、発達障害(自閉症)の診断も出ました。 親としての備忘録、息子の成長の記録、欧州で暮らしているので日本とは言語も環境も異なりますが情報共有としてブログを始めました。

2017年05月

今日、息子は遠足でバスに乗って動物園へ(8時半から15時半と通常の学校より長いです)。 お弁当持参なので、昨日はバンズを焼き、ハンバーガーとメロンパンにしました。 (日本では普通にパン屋で買えるメロンパン、海外生活では自分で作らにゃ。)

まだ本格的に授業が始まる前の0年生ということで、もともと外で遊んだり出掛けたりということが多いのですが、S校は課外活動に力を入れており、また1~3年生と合同で行うことも多いです。

例えば、近隣にある「森の美術館(森の中にある古城が美術館となっており、高級ホテルやレストランが隣接)」との課外授業で、計5回のうち最初と最後にお城に行き、真ん中の3回は美術館から学芸員が学校に出向いてアート指導をしてくれるというのが4月から始まりました。

0~3年生は一緒に遊ぶことが多く、またイジメや友達関係を考える話し合いの授業なども合同で行っています。

また来週は、今度S校に入学する子供たちが2日間の体験入学に来るのですが、そのとき息子たちのクラスとも交流し、お互い知り合う機会を持つそうです。

小さな、特別な学校なので、生徒同士が良い友人関係を保てるよう学校側がものすごく配慮しています。

全校生徒合同の催しもあり、よくしているのは学校周辺のゴミ拾いかな。

バレンタインデーの日には、4,5年と一緒にバレンタインデーの工作(紙粘土でハートのペンダントを作ったり、ケーキを焼いて食べたり)という交流の場もありました。 4,5年生と一緒だと、ずいぶん落ち着いていたそうです(笑)。

最上級生の二人がS校から派遣されインドでボランティア活動等をしたのですが、その二人が0年生のクラスにやってきて、インドの話をしたりお土産をくれたりインドの食べ物を試食したりといった「インドの日」もありました。

特別支援学校ということで、いろいろな団体や人たちが見学やリサーチにも来ます。 とある大学の言語発達に関する研究のためのテスト(特別なゲームを使って言語に影響があるかを見る)に参加したり、聴覚障害児に関するショート・フィルムを作成するという会社から撮影隊が来たり。

昨年夏にS校に入学し、気がつけばあと3週間で0年生が終了します。 早いですね~! 息子にとっては、とても楽しく充実した学校生活のスタートでした。 学業に関する基礎的なこと(ABCや123や図画工作、音楽、体育、自然科学や文化に関するテーマ学習)など、多くのことを学んで成長したと、親としても手応えを感じていますし、良い先生や友達に恵まれた安心感もあります。

さて、残りの学校生活ですが、来週は陶芸工房に行き、陶芸体験。その次の週は、森の美術館に行き、6月16日の終業式の前日は水遊びに行くようです。

楽しいことばかりですね! 7歳の息子は日本にいたら小学2年生。 こんなに勉強しなくていいのか!?と最初のうち私は思っていたのですが(S校だけが特別なのではなく、在住国の教育方針としても学校はこんな感じです)、子供にとって必要なことは、机の上でガリガリ勉強することではなく、こうしていろいろな体験をし交流をし成長することなんだ、と感じるのでした。
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息子のクラスで演劇鑑賞がありました。 演劇といっても、子供向けの着ぐるみミュージカル。 市の劇場で、市内の複数の小学校0年生クラスが招待されたようです。

このような演劇鑑賞は前学期にもあったのですが、そのとき、息子は劇場が暗くなり「うわぁーモンスターが来る~!」とか言って、ちょっとパニックになったそう。 普段から息子も「ボクは暗闇恐怖症。 暗いのは怖いの。」と言っており、夜寝るときも寝室に小さな明りをつけます。 暗闇が怖いと言いだしたのは5歳くらいのときでしょうか。 それ以前は、暗いのなんてへっちゃら、というか気にもしてなかったのですが。

暗闇を怖がりだしてから、博物館やレジャー施設にも怖がって入ろうとしません。 証明を落とし展示室が暗くなっている場合が多いから。 (入場料払ってから気づき嫌がる場合もあるので、無料の施設にしか行かないようになった・・・) あと、音響効果も苦手。 突然音がしたり、喋りだしたりする展示があると、異常に怖がりパニックになります。 (これも暗闇恐怖症と同じくらいに始まりました。)

また演劇鑑賞があると息子に話したところ、「演劇は嫌い。暗くなるの怖いから僕はお家にいる」と言い張る。 担任の先生にも「前回の件もあるし、息子は休ませた方がよいでしょうか?」と伺ってみると、「こちらで対処しますので、ぜひ参加させてあげてください」とのことで、普段通りに行かせました。 (劇場は学校から徒歩15分のとこにあるので、生徒は歩いて行った。)

担任の先生は息子の隣に座り、劇場が暗くなったり、雷などの音響効果がある場面などで息子に話しかけ気をそらせてくれたそうです。 おかげで息子は暗闇の恐怖を克服し、笑ったり歌ったり演劇を楽しんだ、と後にメールで教えてくださりました。 息子も、「怖くなかったよ! 面白かった!」と言っており、本当に感謝です。

しかし・・・(演劇鑑賞とも暗闇恐怖症とも関係ないのですが)・・・その日の午後、学童の時間に別の先生から電話があり「息子さんは今日とっても良い子でした。とっても頑張っていました。それでなのか、さっきから疲れたー疲れたーと言って何もできない状態ので、早めにお家に帰りたいようです。迎えに来てもらえますか?」と言われ、私がいつもより1時間ほど早く迎えに行くと・・・

私の姿を見るなり、息子は胸に両手をあてて「ボクのハートがとっても疲れている~」と言ってこっちに来た。 先生も心配そうに首をかしげつつ「こうなんですよ。」

でも、一目見るなり私には、息子が演技していることが分かりました。(だいたい本当に疲れていればグッタリしているはず。) その次に息子が私に言った言葉は「パパお家にいる?」 (これで全てが分かります。 息子は、夫と何かを約束していて、それが楽しみだから早く家に帰りたい。 そのために疲れたーとウソをついて大袈裟な態度を取り、心配した先生が家に連絡を取り、早く帰ることができるという計画。)

先生の手前「どうしたんでしょうね」と連れて帰りましたが、校門を出たとたん走り出す息子。 どこが疲れているんだー! 問い詰めると、やはり、パパが新しいレゴ(おもちゃ)を買ったので明日家に持って帰ると言っていて、息子はパパが早く家に帰って来ていると思い込んでいました。(実際は、夫はまだ家にいない。)

夫が帰宅してから事情を説明し、レゴは翌日に持ち越されました。 で、翌日は夫が息子を迎えに行ったのですが、学童の先生が「今日は息子さん、とっても良い子で、いろいろ手伝ってくれて助かりました!」 そんなこと言われたのは初めてのこと。

これも、息子、良い子を演技しているんですね、レゴのために・・・
(それならば、こっちは逆手にとって息子を良い子に操縦できるかな!?)
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息子の言動について、時間があるときに書き溜め、後でブログにアップしようと思いそのままになったものがありました。 以下は、息子がまだ保育園に行っていたときのもの。 (1年前のものかな?)

こっちの保育園児くらいの子供たちは、ずいぶん早口で高い声で話すのですが、それに比べ、息子はゆっくり間延びしたような喋り方をするので訝しく思っていました。

でも、子供たちの親も高音の早口で喋ってることに気づきました。 子供は身近にいる大人(親)と同じ喋り方になっちゃうんですね。 うちの場合、母親である私が息子には現地語で話さないし、父親や祖父母も低い声で落ち着いた話し方をするからかな、と納得しました。

それから今度は、難聴であることが発覚したので、難聴だから他の子たちとは違うテンポになってたんだと思いました。 しかし、日本語はそれほどゆっくり話すということはありません。 普通だと思います。

そしてやっぱり、息子の話す日本語は私の喋り方と似ている!と認めざるえませんでした。 語尾や口癖はもちろん、声のピッチ、テンポなど。

以前、激しく自己嫌悪に陥ったのは、息子が作ったレゴを分解して片づけたとき、息子は怒って、「どうして片づけちゃったの? せっかく作ったのに。 ぼく、片づけないでって言ったよね? 分かってんの? 悪いと思ってる?」と、もうヒステリックにキーキー捲し立てるその口調、私そっくり。

先日も、保育園行くのにグズグズしているので、早くしろだとか自分できちんやれだとか息子に向かって言っていると息子もなんだかんだと言い返してきて、二人で言い合いになって、側で聞いていた夫が「喋り方がまったく同じだ」と感心するやら呆れるやら。

でも、やっぱり、息子は現地語を話しているとき、パパと同じ口癖を言ったりしてます。 それで、私が夫に息子の前では言葉遣いに気を付けるよう文句言うことも。

そのときは直前に夫が鼻血を出していて、息子が靴を履くの手伝って~なんて夫に言っているので、私が「パパは下向くと鼻血でるのよ」と自分でやらせようとすると、息子は顔を上げ私をキッと見ると「ぼくだって下向くと鼻水でるのよ。」

この頃、息子は話したいことがたくさんあって意気込んで喋ると、どもることが多いし、言語聴覚療法も、まだまだ続けないといけない。

なのに、なんで憎まれ口はスラッと出てくるわけ!?

夫に「ママに挨拶は」と言われ「いってらっしゃ~い」と、毎度のごとく間違え、「いってきま~す、でしょ」と毎度のごとく私に注意され、毎度のごとく「いってきま~す」と言い直すのは、いつになったら治るのか。

息子の言語発達、どこまでが難聴の影響で、どこまでが性格や環境の影響なのか、首をかしげることがままあります。
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聴覚障がい者のための児童精神科で私たち親から話したことは、要約すると・・・ 

2歳くらいから息子が他の子とどこか違う(コミュニケーションの面で、あまり他の子と遊ばない、特定の仲の良い友達を作らないなど。会話が嚙み合わない。言葉の面では言語発達が遅めだし、できない発音がある、など)と思い始め、夫の親族に(約10年前の当時)アスペルガー症候群と診断された者がいるので、遺伝的に発達障害ではないかと、かかりつけ保健師、保育園の先生やカウンセラーに相談したけれど、誰もが「この子は普通だ。問題ない。子供とはそういうもの。個性。アイコンタクトはできているので自閉症ではない。」という意見。 

それでも、5歳になっても「人の話を聞かない、落ち着きがない、会話が噛み合わない」という問題があったので、かかりつけ保健師から児童心理士を紹介してもらったが、何の解決にもならなかったところに難聴が分かり、この心理士との面会を終了し、難聴の治療(療育)に専念することにした。(その過程は 発達障害だと疑って発見が遅れるまでの検査かかりつけ保健師の落とし穴 にも記述。)

6歳になり小学校入学の際、難聴児のための特別支援学校であるS校を選び、S校がある町に引っ越し半年が経ったが、聞こえる環境にいるにもかかわらず、「人の話を聞かない、落ち着きがない、会話が噛み合わない」といった症状は治らず、それどころか酷くなるうえ、アイコンタクトができていないことにも気づき(難聴以外の問題)、先月学校の担任の先生方とも話し合い(発達障害も、か?続き)、こちら聴覚障がい者のための児童精神科で診てもらうことになった。

その場にいた、聴覚障害児専門のカウンセラー、医師、心理士の3人は、夫の話を聞きながら、気になるところで質問を入れたり、もっと深く聞き出したり、その合間にカウンセラーさんは「大変だったわね」「よく頑張ったわね」「まぁ、そこでも(無知な相手や行政相手に)闘わなくてはいけなかったのね!」と労りの言葉をかけてくださっていました。

それから、忘れていたわけではないけど、他のことに気を取られたり最近はずいぶん落ち着いていたので、今まで言わなかった(ブログにも書いていなかった)ことに、息子の「癇癪」があります。 それが始まったのは1歳半くらいのときだったかな、突然、ギャーギャーとものすごい声で泣出す喚き出す、それが1時間以上続く。 泣くだけでなく、ベビーカーに座っているときは体をのけ反らせ出ようとする。 ベビーカー以外のときも、身体を激しく動かすので、ぎゅっと抱いて押さえつけていないといけない。 (親にとって)原因は分からず、いつ始まるかもわからず、それが始めると、息子は何も聞いていないし、親は手の施しようがないし、ひたすら泣き叫ぶのを、押さえつけ、収まるまで待つしかない。 本当にこれは辛かったですね。

1歳半で保育園を始めましたが(癇癪はその前から始まった)、保育園もすごく嫌がり、泣き叫ぶことも多かったです。 最初の保育園は保育士側にも問題が多かったのですが、4歳のとき、自然の中で過ごす保育園が近所に新しくでき、そこに移りました。 こちらは環境も担当の保育士も良かった(ここで約2年過ごしたのですが、補聴器を付け始めたのも、この保育園)。 でも、時折保育園に行きたくないと癇癪を起すこともあり、保育園に行ったら中に入りたくないと、庭の中をグルグル1時間も泣き叫びながら歩き回ることも何度かありました。 本当に、これも辛かったですね。

S校に入学してからは、学校大好きなので登校時の問題はないけれど、帰りたくないと下校時に問題が発生することがありそういえば、この前、それで校庭をぐるぐる走り回り、家に連れて帰るのに苦労しました・・・ 家で癇癪は起こすときがあります。 これは原因がはっきりしていて、私が息子がやりたいこと(テレビを見続けるとか、お菓子を食べたがるとか)を拒否したとき。 素直に聞けばいいものを(いい加減大人の対応してくれよ、とは親の弁)、ギャーと叫び手に負えなくなる。

その他カウンセラーさんから聞かれたのは、母乳はいつまでしていましたか? 息子は出産時の病院では上手く母乳が吸えず、哺乳瓶で粉ミルクを与えつつ母乳を試していたのですが、1週間くらいたつと母乳が飲めるようになり、その後は完全母乳、というか粉ミルクも哺乳瓶も完全拒否! 母乳大好き。(しかも、母乳がいいのか、どんどん大きくなり通常の赤ちゃんより体重も身長も大きかった。しかし、離乳食は嫌がり、なかなか食べてくれないので、それ以降は痩せていった。今でも、身長は平均の高さだけど、体重は平均より下の痩せ型。) 保育園が始まる1歳半頃に断乳し始めたのですが、苦労しました。(在住国では母乳は長くても8か月位までなので、息子は長め。) そんな話をすると、息子さんにとって母乳はパラダイスだったのね~と。(もしかして、異常にスキンシップしたがるのは、やはり皮膚と皮膚が密着し安心感がある母乳の影響かな~?)

医師からはアレルギーの有無を聞かれましたが、今のところ判明しているのはなし。 食事については、かなり偏食はあります。 ちょっとした匂いで、これは嫌だと拒否したり。(息子は日本の乾燥させた「ちりめんじゃこ」が大好きなのですが、夫は「なのに、あんな生臭い猫の餌みたいな魚は喜んで食べるんです!」と息子の異常を力説していた・笑) 調理したものに好き嫌いはあるけれど、フルーツや生ニンジンなどは好んで食べます。

また病気などもしたことなく、ちょっとくらい熱出して寝込んでくれてもいいのに、と思うほど健康。 保育園で流行り風邪をもらうこともなく、母乳の飲み過ぎ以外で吐いたこともなく、下痢になったこともなく、クラスの皆が水疱瘡になっても貰わないので心配しているほど。(水疱瘡は早めにやっといた方がラクなようなので。)

ちなみに、私は妊娠中(及び授乳中)に薬の服用や飲酒などはしておらず、40代に入ってから妊娠出産した高齢ママ。(夫は私より若い。二人とも喫煙習慣なし。)

お菓子など、2歳まで砂糖は一切与えていませんでした。 本当は3歳までは一切与えないようにしたかったんだけど、保育園が始まったり、他の人たちとの交流が出てくると、どうしてもお菓子を貰ったり食べたりする機会が出てくるんですよね。 家では与えないを徹底していましたが、もちろん親はお茶の時間に甘いものを口にしているわけで、そのうち一緒に食べるようになりました。 私より息子の方が、砂糖の摂取量は断然少ないですが。

早寝早起きという生活リズムにも気を付けています。 それでも、夜はなかなか寝付けず、8時半にベッドに入れても、寝付くのは10時近く・・・という状態で、睡眠の問題には頭を抱えています。(偏食や不眠は発達障害にありがち。) 睡眠時間は平均より短くても、朝起きるのに問題はないのですが。

以上、1時間ほど話し、「休憩にしましょう。 私たちの方でも今お聞きしたことについて話し合ってきます。」と3人が退室。 

私と夫は「ああ、こりゃダメだ~。とか3人で言ってるのかもね~」と冗談半分本気半分で言ったりして、約10分後に3人が戻ってきました。

で、結果として「Autisum Spectrum Disorder, ASD, 自閉スペクトラム症、と思われます。 今は総称としてAutisum spectrum 自閉症スペクトルと言いますが、アスペルガー症候群などもこの中に含まれます。」とのこと。

「ショックかしら」との言葉もかけていただきましたが、難聴の診断を聞いたときと同様、どこかおかしいと思っていたので、やっぱりという思いと共に、診断名が分かりホッとしました。 これから息子にとって有益で適切な対応をしていくことができるので。 どこもおかしくないと言われた方が、お前ら何も分かっていない!と動揺したでしょう。 

カウンセラーさんが「本当に、今日ここに来てくれて良かったわ」とおっしゃってくれましたが、本当に、そう思います。 なんか、周り周ってやっとここに辿り着けた、という感じ。

もちろん、難聴だけだった方が良かったですが。 難聴と発達障害、重複ですもんね。 でも、2歳のときから発達障害を疑って、5歳で難聴が分かったものの、ここ半年は「それでも、まだ何かがおかしい」と悶々とし、7歳になってようやく、こういうことだと腑に落ちた、わけで。 (これ以上まだ何かでてくるかしら?)

さて、次回の面談は夏以降(新学年が始まってから、息子は1年生)で、そこから療育(というか、まだ具体的にどのような発達障害があるのか調べる段階)が始めるとのことです。
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