バイリンガルで聴覚障害と発達障害

5歳で感音性難聴が分かったバイリンガルハーフの息子、難聴学校に入学。 その後、発達障害(自閉症)の診断も出ました。 親としての備忘録、息子の成長の記録、欧州で暮らしているので日本とは言語も環境も異なりますが情報共有としてブログを始めました。

2016年02月

2月8日、22日と、病院の言語聴覚士さんの言語聴覚療法に、両日とも夫が連れて行きました。 文法に重点を置いてのトレーニングだったそう。 (私が説明受けても、結局私と息子は日本語しか話さないので、なかなか現地語のトレーニングにならないんですよね。) 

言語聴覚士さんが、前回ちょっと気になったところがあったから、と確認したのは、「比較級、最上級」。

英語でいう big, bigger, biggest という形容詞の変化です。

息子は、物を比べ、bigger, biggest という表現を使うべきところ、全て more big, very big 、「もっと大きい」「とっても大きい」と言ってしまうとか。

しかし、私はそれを聞いて、「もしかして日本語にひっぱられているかな」と思いました。 日本語では、比較級や最上級として単語が変化せず、「もっと大きい」「とっても大きい」って言いますものね。

それと、時制の文法では、will eat(未来形), be eating(現在形),  have eaten (過去完了形)の3つの形がきちんと言えないことを指摘されました。 でも、これも「過去完了」って日本語にない表現、日本人が英語を勉強するときブチあたる壁ではありませんか! 私だって、過去完了を理解するのは難しい〜(笑)。

この2点の文法については「絵カード」を貰ってきました。 例えば、時制のカードは、トラが肉を食べようとしている絵(The tiger will eat.)、トラが肉を食べている絵( The tiger is eating. )、トラが肉を食べ終わった絵(The tiger have eaten.)の3つが並んでいます。

ちなみに、絵を見ながら日本語で聞いてみたら、「食べようかなーと思っている」「食べている」「食べ終わったところ」と答えたので、日本語では何の問題もなく正解。 (「食べる」は日常的に使う言葉だからかも。他の動詞の時制では間違ったりします。)

比較級の方は「冷たい」が、cold 牛乳の絵)、colder(アイスクリームの絵)、 coldest(氷の絵)となっていて、分かりにくい! 息子は氷の絵を指し「溶けている」って言うし(溶けかかった氷の絵なので)。 抽象的な絵は誤解を招くし、言語テストでも思ったことですが、使用しえいる絵が不味い、下手!! 

文法ではいろいろ問題がありますが、息子のボキャブラリー(語彙)は豊富で、8歳児並みだそう。 (これは半年前の最初のテストでも指摘されました。) 言語聴覚士さんは、どうしてかしら?と理由を知りたがり、夫が思い当たるとこでは「興味があれば大人用でも、一緒に図入りの本を読み、年齢にとらわれず教えているからかな? 例えば、車や飛行機の部位など。」

宇宙に関しても、きっかけは幼児用の英語の歌を Youtube で観ていて出て来た「太陽系のうた」が気に入り、宇宙にも興味を持ち出すようになったので、本を買い与え、映像を探して観たりして、あっという間に、惑星の名前を全て3カ国語(英語、現地語、日本語)で覚え、それぞれの惑星の特徴も掴み、一目で分かるし、絵も詳細に描くし、詳しいことをいろいろ説明するようになりました。

しかし、先日太っている人に「太っているね」と言ってしまった件を言語聴覚士さんに話すと、やはり言語能力が3、4歳並ゆえ、6歳でも中身は4歳児の面があるとのこと。

(そして、この息子の持つアンバランスさ、中身が4歳なのに8歳児並みの知識を持っていることが、同年代の子たちとのギャップにも繋がっているのかもと気付くのですが。)

病院の言語聴覚士さんから、続けて3回の療法を受けましたが、次回は間が空き4月に入ってから。 それまでに文法トレーニングをしていきたいと思います。
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先日のこと。 息子とパパが歩いていて、ご近所さんに会ったので、ちょっと立ち話。 ご近所さんが息子に「何歳になった?」なんて聞いて、息子は「6歳」と答えて、最初は和やかだったもの、突如、息子がご近所さんに「太ってるねー」と言い、夫もご近所さんも硬直、沈黙。。。

というのも、ご近所さん(中年の男性)は、かなりの肥満体 。

息子に悪気がないのは分かっているので(事実を言ったまでのことで、、、)ご近所さんも息子に「キミはチビだね」と言い返したら、またもや息子「キミはデブだね」と(腕を横に伸ばすというジェスチャーつきで)言ったんだとか。 夫は平謝り。 帰り道、息子に厳重注意したらシュンとなっていたそうですが、きちんと分かってくれたのか。

6歳になれば、何が人を傷つけるか、言って良い事と悪い事の区別がつくかと思います。 しかし、息子の思考能力は、いまだ3、4歳児並み。 言語能力が3、4歳児並だから。 そして、思ったことをすぐ言っちゃう。

昨年の夏のことですが、私と息子が歩いていると、中央アジア人らしい風貌の若い男性が前から来ました。 この人は別のご近所さんのとこに居候していたので、すれ違えば会釈はする程度の顔見知り。 息子、その人を指差し、「ママー、あの人ドロボウみたーい!」

彼、髭が濃くて口の周りが黒々としています。 それが、レゴフィギュアやドラえもんなどに出てくる典型的な(口の周りが黒い)泥棒キャラに似ていると、息子が言いたいことは私には分かりますが、相手にはもちろん分かりませんし、口にしてはいけないことでしょうが。 (とんだ誤解を招きます。)

幸い、私たちは日本語で話していたので相手には伝わらず、息子はニコニコしているので、相手も微笑み返していたのですが、私は心の中で頭を抱えていました。 いつも「人を指差しちゃいけない」って言っているのに、全然直らないし。

また、私と一緒のときは日本語で話しているから、と安心してもいられません。 あるとき、移民が多く住む地域のショッピングモールに息子と行ったときのこと。 そこは行き交う人々もお店もほとんどがアフリカや中東系。 モールの廊下で、中東系の男性と男の子がボールを蹴って遊んでいました。 息子が「ボールしてるー」と言ったので、私は何の気なしに「いけないねー」と答えたら、なんと息子、その人たちに現地語で「ここでボールしちゃいけないんだよー」と言っちゃったのです!!

男性は、ちょっとムッとしたように「いいんだよ! 、、、たまには」と答えていましたが、私の方はトラブルにならないか心臓がヒヤリ。

息子は悪気なくニコニコしているし、私は「現地語はよく分からない東洋人」のフリして(←実際どう見られているか分かりませんが)、そそくさとそこを通り過ぎました。 でも、冷や汗です、本当に。

息子がこのまま、思っていることを何でも言っちゃったら、いつかトラブルに巻き込まれます。 でも、一体、どうやって息子に分からせればいいのか。 口で言い聞かせても理解できないところがあるし。 自然に身に付く事が、身に付いていない。

しかも、やたら人懐っこく、ニコニコしながら知らない人に話しかけることもあるのです。 そして、突然自分が思っていることを話し始める。 人との距離感が、よく分からない? これも難聴ゆえ? それとも性格? 
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「難聴児のための特別支援学校」であるS校は、約25年前に設立された公立の小中一貫学校。 ここ(私たちが住んでいる国)では義務教育の小中学校は一貫とされ、1年〜9年という数え方をします。 また、小学校入学の最初の年は1年生ではなく、「準備クラス(学年)」となります。 保育園では遊んでいるだけなので、準備クラスでは遊びの時間も多く取りながら、少しずつ国語や算数などの授業も導入し、1年生からの勉強に備える期間だそう。 なので、日本とは1年ずれることになるのかな?

S校に入学できるのは、補聴器や人工内耳をつけた聴覚障害を持った子供達ですが、重度の障害を併せ持っている場合は、そのための設備も職員もないので入学できません。 また、授業は全て口語で行われるので、聞き取れるだけの聴覚がない場合、手話で授業を行う聾学校を勧め入学は断るそう。

S校は独立した校舎を持ちますが、通常の公立学校の敷地内に隣接してあり、校庭や食堂、学童などを共有しています。 私は最初、特別学校だと健聴児との交流がない孤立した環境にいることになると心配していました。 でも、一緒に遊び学ぶ環境にも配慮しているようです。

少人数制で、学校全体の生徒数は60人まで。 個人個人に指導が行き届くよう、生徒10人につき、教師が4人付くようにしています。 教師はもちろん、特別な教職課程を学んだ人ばかり。 学校の設備は、聴覚視覚共に配慮されています。 勉強だけでなく、聴覚障害の心得といった日常的な問題にも取り組んでいるよう。 また、1学年から手話を科目として習います。

この学校の素晴らしいところは、概要として並べ立てるだけでなく、それら全てが実践され機能しているところ。 (口上だけで、実際は全然なってないこと、この国の公的な場では多いので、私なんて全てに対して諦めているのが現実なのですが。)

設立から今日まで、校長も教師陣もほとんど替わっていない面でも、この学校はとても安定しています。 私たちが住む都市の公立学校では、すぐに校長も教師も替わって、子供達が落ち着いて学校で学ぶ環境ができていないとよく聞きますので。

校長は、「この学校だって、問題は出て来ますよ。 でも、教師の目が常に行き届くようにしているので、問題の芽を見つければ、すぐに摘み取ることができます。」と話していました。

個人個人がスケジュールを持ち、不得意な面に力を入れるようにし、子供達が、勉強が分かる、勉強は楽しいと実感することを第一に考えています。 通常の学校では出来ないことですし、それゆえ難聴児が落ちこぼれる原因。 難聴児が必要なこと、全てに対して配慮されています。

聴覚関連の病院や支援機関内でも、絶対的な支持を持っている学校で、病院の言語聴覚士は、何度もS校を勉強のため視察しているそうで、「あそこには専任の言語聴覚士もいて、必要な子は放課後に指導を受けることもできるのよ。 息子さんにとってはパーフェクな学校よ!」とパーフェクトを連発していたとか。

保育園の先生やモンテソーリ教育に携わっていたご近所さんにもS校のことを話してみると、「素晴らしい。 息子さんにぴったりね!」と感心することしきり。

夫の友人の奥さんの友達の娘さんが人工内耳で、このS校に通っているけど親は学校に大満足だそう。 他にもS校について聞いたことがある人たちは皆、とても良い学校なんだってね!と言っています。

ところが、問題が、、、

息子は、この学校に入学できないかもしれない!

今までは入学希望者を全員受け入れてきたのですが、現在既に定員数に達し、卒業する最上級生の数より入学希望者が多い場合は断らなくてはいけなくなった。

例年入学者は、転入も含め5人前後のようですが、昨年は準備クラスの新入生だけで12人受け入れたそう。 今年は昨年程多くないようだけど、10人近く希望者がいるらしいです。 果たして息子は子の学校で勉強することができるのか、、、やきもきしています。
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最初にこの「難聴児のための特別支援学校」について知ったのは、昨年の9月初めに難聴児支援施設でアドバイザー(カウンセラー)のお二人と2回目のミーティングをしたとき。 私たちが息子の小学校入学について相談し、学校を選んでからその近くに引っ越す意向を伝えると、「だったらA市に引っ越しなさいよ。 難聴学校があるから」と冗談半分本気半分に言われたのです。 A市は、鉄道の駅があるから名前は知っているけれど、降り立ったこともない小さな町。 私たちが住むB市からは遠い。 夫は「電車はすぐ遅れるし、そんなところから職場に通えない」と笑い飛ばしていました。 そのとき、私たちが住むB市の学校に「難聴児クラス」があることも教えてもらい、漠然とそのクラスに入れようかと考え始めました。

でも私は、その特別学校もちょっと気になったので夫に話してみると、「そんな小さな町に住んだら、何もすることないし、どこにも行くとこないし、人種偏見の塊な奴らばかりもが住んでいるぞ」と断固反対な様子。 小さな町出身の夫は、今住む都市部の暮らしの方が、問題もあるけれど、気に入っているよう。 仕事や友達の拠点もここですしね。

その夫が、「難聴児のための特別支援学校」S校に興味を持ったのは、9月半ばに2回目のレクチャーに参加したときでした。 講師役の若いオージオロストが、このS校出身だったのです。

S校は、A市の公立学校ですが、広く県内及び周辺の県からも生徒を募っており、児童は学校のチャータータクシーで学校に通います。  オージオロストさんは学校生活について、小規模な学校なので全員と顔見知りで家族みたいな関係。 いろいろな地域から生徒が集まっているので、誕生日会となると、それぞれの町に招かれ、子供たちが遊んでいる間、親達はいろいろ話し合ったりできた。 週末に学校の友達と気軽に会えないのが寂しかったけど、大きくなるとお泊まりに行ったりした。 毎日タクシーに長時間乗らないといけないけれど、友達と一緒だし、それゆえに親密な時間が持てた。 とても充実した楽しい思い出を話してくれ、夫は息子にとっても良いんじゃないかと思い始めたようです。

そして、10月に行われた学校選びの説明会で、再びこのS校について好印象を持ったよう。

私は、そんな遠くに通わせたくないと思ったのですが、今度は夫が私を説得し始めた。 S校のホームページを見てみると、10月11月12月に1回ずつ、来年入学希望の保護者のための見学会が開かれていたので、夫に行ってみるよう勧めました。 

まず電話してみると、すぐに連絡がつき、応対してくれた職員もキビキビしたフレンドリーな対応。

実は、B市にある「難聴児クラス」にも連絡を取ろうとしていたのですが、電話は繋がらない、メールしても返事はない、難聴児支援施設にもその学校からのコンタクトが一切なく、情報がない状態だったので途方にくれていたのです。 それゆえ、余計にS校の対応には感心感激しました。

で、11月3日、夫はS校に出向きました。 説明会は13〜15時で、息子を保育園に迎えに行く時間とかぶるため、私は留守番。 帰ってきた夫は、設備も教師陣も申し分なく素晴らしい学校、息子が行くのはここ以外にない、とすっかりその気。

見学会に来たのは14人程の保護者で、両親揃って来られた方も多かったとか。 学校内部の案内や説明の他、卒業生も呼んでいて、見学者達に学校生活について語り、質疑応答の時間もとってくれたそう。

学校にはまだ生徒が何人か残っており、低学年の子が卒業生を見かけると走りよって遊んでもらいたがり、もう高校生である卒業生は、こんな小さな子と遊ぶなんて恥ずかしい年頃だけど、自分もこうしてかまってもらったから、と相手をしてあげたり、廊下にいた子を若い女性が手を引いて教室に連れて行く姿を見て「この学校の先生ですか?」と聞いたら「生徒ですよ」という答えが返ってきたり、生徒達の態度が、また素晴らしかったそう。

この学校のロゴ(学校名)が入っている、クリアファイル、メモ用紙、ボールペン、絵葉書2種、パンフレットのセットまで貰ってきて、びっくり。 公立学校で、このようなものが揃っているなんて。

school

この学校の概要については、また後で書きたいと思います。

保護者向けの見学会のあと、年が明けてからは子供も一緒に参加する体験入学の場が設けられるというので、そちらも申し込むことにしました。
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息子は今年6歳で、小学校にあがる年。 昨年の月に支援機関のアドバイザーさんたちと会合した際、小学校選びについても聞きました。

うちは公立とは別に、フリースクールと呼ばれる、各々の理念によって運営される学校にも幾つか申し込んでいたのです。 (キリスト教系、インターナショナル系、モンテソーリ系の3校。 しかし、希望者が多く入学できるのは宝くじに当たる率。)

公立の学校の場合、難聴児ための特別なケアは義務づけられ、必要な器具なども学校側が購入し、支援機関からの定期的な学校訪問もある。 しかし、フリースクールの場合、各々の学校の運営状態に任せることになり、必要なケアをしてもらえなかったり、経費は学校ではなく全て保護者が捻出したりするケースがあるとのこと。

ちょうど10月1日に、難聴児支援施設で学校に関する保護者会を開くというので、夫が参加しました。

内容:

保育園及び学校の選択、居住区管轄の学校か、難聴学級及び特別学校か。

公立の学校に対して、どのような希望を出せるのか? またリクエストを通りやすくするには?

学校の教師に対し、どのような教育的配慮、特別配慮を望むことができるのか? 

成功の秘訣。

その他、知りたい事柄についてのディスカッション。

 

さて、この日は定員30名のところ、ほぼ満で、参加者は小学校入学を控えているか、既に小学校にあがって1年か2年目といった子供の保護者たち。

また主に、ゲストとして呼ばれた「特殊教育機関の顧問」といった人物が話をし、質疑応答をしてくれたそうです。 聴覚障害児だけでなく、その他の障害や特殊ケースな児童を取り扱い、いろいろな学校に出向き、説明したり、事情を聞いたり、様々なケースを熟知している人。

ここの「聴覚障害児支援施設」は県の機関であり、学校の説明も県内に限ったこと。 県内には、手話で授業を進める「ろう学校」が1校、難聴児童を対象に口語で授業を進める「特別支援学校」が1校、学校に付属する形である「聴覚(難聴)クラス」が2校あるとのことでした。

これらの学校は小中一貫校です。 聴覚障害者のための高校は、全国に1校だけあるそう。

また、この国では、健聴者が大学(及び高校後の教育機関に)進む率は70%以上なのに、聴覚障害者の場合、10〜15%なのだとか。 よほどのモチベーションと本人の努力がないと進学は難しいようです。

特別支援学校は、通常の学校の授業についていけない場合はもちろんのこと、補聴器を恥ずかしがる子にも効果的とか。 周りも皆、補聴器をしているので、劣等感に苛まれたり、学校に行くのを嫌がったりする必要がないので。

通常の学校に行く場合、教師陣との信頼関係が重要になってくる。 頭ごなしに一方的な要求ばかりしていると、相手の教師も人間なので気分を害し良い関係が築けないので、なるべく下手にでましょうというアドバイス。

子供が満足していないようなら、学校やクラスを替える選択もあり。 担任が替わったら、子供の様子がグンッとよくなったケースもあり。 やはり人間関係なので、合う合わないが影響してくるといったアドバイスも。

県内の「ろう学校」は80年近くの歴史を持ち、重複障害児童も受け入れているが、授業は主に手話で行われるので、手話を知らない息子には向きませんが、夫が興味を持ったのは「難聴児のための特別支援学校」。 夫は、ここに息子を入れたいと思うようになります。

支援施設の方では、この日の後にも11月に、来年小学校にあがる子の保護者を対象とした、地域も県全体ではなく近隣の市に限定としたミーティングの場を設けたのですが、参加者がうちだけだったので開催されず。 また今年1月に上記の特別学校や学級を招いた学校説明会も開きましたが、うちは既に「難聴児のための特別支援学校」の見学会に参加し必要な情報を得ていたので行きませんでした。
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息子が「なんでスズメはニワトリを食べるの?」と聞いてきたので驚き、「スズメがニワトリを食べるの?」と聞き返すと、「うん、なんで?」

こっちも頭の中が????? 

「だれが言っていたの? どこかで見たの?」と聞いていくと、「博物館に、あったじゃない」と言うので、ことの真相が分かりました。

この前博物館に行ったとき、動物の剥製のジオラマ展示を見たのです。 森の動物の暮らしとか、海辺の生き物の暮らしとか。 人里近くの動物の暮らしとして、農家が飼っているニワトリを食べるキツネという図のジオラマがありました。

つまり、スズメじゃなくてキツネです、ニワトリを食べていたのは!

息子は、「スズメ」と「キツネ」の単語をごっちゃにしてしまっているのです。

難聴のせいか、このように二つの単語を混同してしまう面が息子にはあります。 現地語より、日本語の方が断然多いです。 日本語は、似た音の単語が多いからでしょうか。

よく言うのが、「かわいそう〜」。 本人は「かわいい〜」の意味で言っています。

「アフリカには、スターウォーズの博物館があるんだよ!」 いいえ、アフリカではなく、アメリカです。 (保育園にはアフリカ出身の先生がいて、お父さんがアメリカ出身の子がいるので、余計に分からなくなっているらしい。)

でも、私も子供の頃、「ドイツ」と「インド」が、どっちがどっちだったか、いつも一瞬考え込みました。 カタカタで見ると、一文字違い。

博物館と図書館もごっちゃになるようです。 どちらも最後に「〜かん」が付くからかな。 市の博物館と図書館は近くにあり、どちらにも頻繁に行くからかも。

小さい頃は「黒と白」「赤と青」「長い短い」という対になったり、反対語だったりの単語も混同していました。 これは現地語でも。 今は、目で見て分かる事柄は混同することが少なくなってきました。 (スズメがニワトリを食べる話も、補聴器を着け始めた頃のことです。)
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息子は、瞬時に日本語と現地を訳して言えるバイリンガル(今のところ)ですが、日本語の文法的な間違いは多いです。 最初のうち、日本語を話す相手が母親の私しかいないので、日本語に触れる機会が少ないからかな、と思っていました。 文法的な間違いは難聴児にありがちな典型的なことと知ったのは、息子の難聴が発覚し、言語聴覚療法を受けるようになってから。
6歳になった今でも間違い、毎回訂正するのに、まったく直らないのは、、、
 

いる(いた) → ある(あった)

「スターウォーズの御菓子が、いたよ〜!」「あそこにスプーンが、いるね」「こんなところに(探していたおもちゃが)いた」

というように、「ある、いる」の使い分けができず、なんでも「いる」を使ってしまうのです。 物などに対しては「ある」、人や生き物に対しては「いる」を使うという、自然と学んで言えることが困難なようです。

なるべく言い間違いを訂正するようにしていたら、今度は「見て、ネコがある!」と言ったりして。 「ネコがいる!ね〜」と答えるけれど、余計こんがらがっちゃうのかな、それともよく聞こえてないからかな。

あれ → これ

「あれ、これ、それ」の使い分けができず、なんでも「あれ」と言います。 近くにあるものでも、「あれ」。 そのつど、「これ? このこと言っているの?」と言うのですが、最近は私が言うと自分も「これ」と言い直したりしますが、やっぱりまた「あれ」と言っています。

あげる、もらう、くれる

「ボク、ママにくれる(あげる)よ」「パパがボクにあげた(くれた)のよ」「ママ、ボクにもらう(くれる)?」

これ、難しいですよね。 立場によって言い方が異なってきますが、いつも私が話す日本語をリピートしているので、間違ってしまう。 例えば、私が「チョコあげようか?」と聞くと、「うん、チョコあげて」とか。

いってきます → いってらっしゃい

私が「いってらっしゃーい」と言うと、息子もリピートして「いってらっしゃーい」と言ってしまう。「ただいま」「おかえり」も然り。 でも、これはずいぶん正しく言えるようになってきて、でも、まだ間違って言うこともあります。
 

過去形や時制も、全然できない。 これは、現地語でも同じ。
 

例えば、「いま(今)」としか、言わないんですよね。 いつも夜寝る時に「いま、保育園いく?」と聞きます。 私はいつも「いま保育園行かないよ。 あした行くよ。 寝て起きたら、保育園に行くよ」と答えるのですが、また「いま保育園行く?」と言う。 「いま? 寝て起きたら?」という言い方はするようになっても、「あした(明日)」という言い方をしないのはどうしてだろう?

あと、1個、2匹、3っつ、4人、5本、、、 等も、ごちゃごちゃになってしまいますね。

こういう文法的なことって、外国人(の日本語学習者)にとっても難しいことですが、よく聞こえない場合も、難しいのかな。
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息子なりに友達関係で悩み「保育園替えたい」と言った翌日、夫が迎えに行ったのですが、今日息子は保育園で悪い子だったというのです。

先生が注意するのも聞かず、息子も他の子達と大騒ぎし、部屋に閉じ込められたら、そこでも大暴れ。 実は息子、今まで他の子達が悪ふざけをする輪に加わることはなかったそう。 

他の子達がレスリングとか、小競り合いとか、そういう遊びをしている中に入っていけるようになったのは、補聴器をつけ、だんだん会話が聞こえ、理解するようになってからのようです。

やはり聞こえないと、何をしているのか分からず、不安だったのでしょう。 それが遊びでやっていることと、分からないでいたのでしょう。 もともと暴力的なことは嫌がる子だし。

それと、そのときに聞いた、もうひとつ興味深い話。

9月の新学期から、新しい子供達が何人か入ってきましたが、その小さい子たちの面倒を、息子はよくみているというのです。

今まで、小さい子は好きではなく、一緒に遊ぶこともなかったのに。 (いつも大きい子達と遊びたがり、相手にされていなかった。 公園なんかで、中学生の男の子たちの中に入っていこうとして、慌てたこともあります。)

特に、とても大人しくてほとんど喋らない女の子がいるのですが、何かとその子をかまってあげているそう。

そのとき私は、小さい子達とは会話があまり必要ないから、息子のレベルに合っているからじゃないかな、と思いました。

難聴児支援センターのアドバイザーにも、そんな話を夫がしてみると、「でも、自分を孤立させないのは良いこと」と言われました。 息子は、同年代の友達の輪の中に上手く入れないからといって、自分の殻に閉じこもることはせず、自分に合う友達を見つけようとしている。

また、その女の子とは波長が合うようで、二人で何か言っては笑い転げたりしているそうです。 そして、相変わらずシャイなその子が大声で笑うのは、息子と一緒にいるときだけ。 息子の方は、その子が一人でいれば、他の子達のところに連れて行って遊びの輪の中に加えてくれるので、その子にとっても、とても良いことだと先生がおっしゃっていました。

それと、クリスマスの催しがあり、保育園の朝食に参加したときのこと。 息子は風邪ひいたり、聴覚関連で病院行ったり、ちょっとお休みが続いていました。 隣に座ったFが息子に「どうして保育園来なかったの」と聞いてきたのですが、息子は質問の意味が聞こえてないのか分からないのか「ガハハハー」とか言って笑っているのです。 仕方なしに、Fも一緒に「ガハハハー」とか笑っていましたが。

それを見て、Fはまだ息子のことが好きで友達でいたいのかもしれない、でも口が達者なFとの会話に息子はついていけないんだろうな。 会話でのコミュニケーションができないもどかしさが相手にはあるだろうし、息子はまだそれが分からず、でもマイペースで進んでいくのだろうな、と思ったのでした。

友達関係は、切なく難しい問題ですね。
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昨年の秋頃、息子は5歳後半、夜添い寝しながら二人でいろいろ話していたら、突然「どうして○○くんは、ボクのともだちじゃないの?」と言い出しました。

○○君は、赤ちゃんの頃から親しくしていた日本人の友達で、週末一緒に遊ぶことも多かったです。 でも、だんだんと、なんというか、わがままな性格になってきて、あるとき、その子が息子を仲間はずれにして喜んでいたのをきっかけに疎遠になり、それから日本へ帰国したようです。 もう1年程前になるけど、その○○君のことを、息子は友達として認識し、なんで遊ばなくなったのか、気にしていたんですね。

当時は息子の難聴にはまったく気付かず、でも息子がいつまでたっても純粋なままなのが気になっていました。 その子にしても、他の同年代の子たちは、3歳ともなると個性と共に、狡賢さもでてきて、大人の顔色をみるようになりますよね。 息子には、そういう面がまったくなし。 だから、その子は息子に対して大柄な態度を取るようになってきていました。 しかし、息子にはそれが分からないのです。

私が「○○くん、いじわるだったからね」と、当時の状況(息子はわんわん泣いていた)を説明したら、「だからボクは、おこった。 ボクいじわるはきらいだ」と息子は強い口調で言ったのですが、多分、本当は自分でも意味が分からずにいて、自分を納得させようとしているんだろう、と思ったのです。 きちんと理解できるよう説明できないのが辛い。 どう話せばいいんだろう。 

「週末、一緒に遊ぶ子がいないから寂しいのかな。 保育園の友達で、お家で遊びたい子いる?」と聞いたら、強く「いない」。

「Kとかは?」と聞いたら、断固NO! それから「いつも、ウンコって言う子がいる(Kのこと)から保育園に行きたくない。 ウンコって言う子は嫌いだ。 保育園替えたい!」と、泣き出す始末。 しかも、頑固に、感情的に。 こんなこと、今までなかったのに。

ようやく寝付いてから、夫に話すと「今まで耳(難聴)のせいで、友達との絆を持つことができなかったからじゃないか」と。

3〜5歳頃って、友達関係が変わってくる時期かと思います。 特に言語能力が発達し、それにより理解も深くなり、感情面も成熟し、友達とは言葉によるコミュニケーションも重要となってくる。 でも、息子は難聴のため、そして5歳過ぎるまで難聴に気付かなかったため、その過程でまだ追いついていない。

私たちはそれまで、息子に特別な友達がいない、友達関係を築けないでいるのは、発達障害だからじゃないか、と疑っていました。 でも、実は、難聴のせいだった。 本当は、息子も友達と一緒に遊びたかったんですよね。

保育園で、1歳年下のFとは、1時間でも2時間でも二人でじゃれ合いながら遊ぶ仲(先生談)だったようだけど、今Fは他の子達と遊んでいるらしい。

その数ヶ月前、保育園に迎えに行ったとき、息子はみんなと庭の大きなブランコに乗っていて、私が近づくと、Kがブランコを止めてくれたので息子は降り、それからKは私に「こいでくれる?」と聞いてきたので私がブランコを動かししばらくすると、Fがもう充分だよという感じで、しっかりした声で「どうもありがとう!」と言ったのです。

そのとき、この二人のような言動や態度をとることは、息子にできない、と思いました。 

FとKは息子と年齢も近く(でも息子より年下)、一緒に遊ぶことも多いけれど、FとKはどんどん成長し内面の成熟度も増していっています。 息子は、体は大きいけれど、内面が追いつかず、一緒に遊ぶことがお互い困難になってきているのです。 

息子をとても不憫に思った、しかしその翌日のこと、、、
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言語聴覚士さんからいただいた、一週間の月曜日から日曜日までが色分けされた表。

weeklytable

A4サイズとA3サイズをいただきました。 
ラミネート加工されているので、水性のサインペンで書き込んで消したり、ポストイットやセロテープで紙を貼ったり剥がしたりできます。

縦に7種類の色分けがされ、上に曜日が載っていて、その下の空欄に一週間のその日の予定などを書き込むようになっています。

例えば、月曜から金曜までは保育園、水曜日は歌のお稽古、土曜日はお友達の家に行く、など。

口で「今日は月曜で、明日は火曜日」「土曜にお友達の家に行くよ」と言っただけでは、分かりにくい。 このように色分けされていると、視覚から入ってきて、具体的に一週間のイメージが湧くようです。

予定の項目も、文字で書くのではなく、イラストを使った方が分かりやすいかと思います。 (特にまだ文字が読めない子の場合 ← うちの息子ですが。 また絵と文字を組み合わせると、字の解読の助けにもなるかな。)

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